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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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2話 温かさにふれる



 四人での夕食が終わった約二時間後に、ペトロが帰宅した。

 空になり軽くなったデリバリーバッグを背負い、電動キックボードを抱えて階段を上がる足は少し重そうで、表情にも疲労が滲んで見える。朝から晩まで約十二時間走り回っていれば、疲れないわけがない。

 三階まで上がって来ると、腕を組んだヨハネが自室の前にいた。


「お帰り」

「ただいま」

「今日も遅かったな。もう十時になる」

「ここって、門限あったっけ?」

「ないけど。もう何日、一緒に夕飯食べてないと思う?」

「ごめん」


 尋ねると、ペトロは少し申し訳なさそうに謝った。この宿舎のルールは、ちゃんと覚えてはいたようだ。

 ペトロはアンデレのように、いちいち注意しないと直さない性格ではない。ルールをわかっていて、破った理由がある。それに何となく気付いているヨハネも、怒っていない。


「まぁ。破ったからって、ペナルティーがあるわけじゃないけど……。夕飯は?」

「まだ」

「じゃあ、荷物置いたらこっち来て」


 と、ヨハネに部屋に来るよう言われたペトロは、自室にキックボードとデリバリーバッグとマウンテンパーカーを置き、隣のヨハネとアンデレの部屋に行った。

 入ると、テーブルに着席するよう言われて、向かって左側の椅子に、ヨハネのベッドを背に座った。以前はテーブルの椅子はヨハネの分のしかなかったが、今は、デザイン違いのものが対になるように置かれている。

 アンデレがその席で相席して少し待っていると、温め直したスープのツヴィーベル・ズッペと、ハックステーキを出された。


「いいの?」

「いいのも何も。お前のぶんを残しておいたんだよ」

「おれ、残ってたハックステーキがペトロのぶんだって知らなくて、おかわりしようとしたら怒られた」

「ペトロに残してたぶんを、食べようとするなんて。アンデレは、親友を本当に心配してるのか?」

「めちゃくちゃしてます! 超ウルトラスーパーギガントウルトラ心配してます!」

「ウルトラを二回言ったな」


 適当に言ってないか? とヨハネから疑惑の目が向けられる。


「お腹空いてたんすよー。だから、おかわりしたかったんですー」


 今日は、カフェの目の前のモンビジュー公園で野外イベントが催されていて、お開きになると参加した人がカフェに流れて来たのだ。しかし、そんな今日に限って人手が足りず、アンデレはいつもはしないフロア業務の手伝いをお願いされたのだが、製造と食器の片付けの同時進行は怒濤だった。バタバタだったのは退勤までの二時間ほどだったが、治癒に集中するより疲れていた。


「オレの帰り遅くなるのわかってたんだから、食べてもよかったのに」

「よくない。ほら。スープ冷めるから」


 ヨハネに催促され、ペトロは遅い夕飯を食べ始めた。温かい玉ねぎのスープを、スプーンで掬って啜る。よく炒めて甘みが出た玉ねぎの旨みと、コンソメの風味が喉を通って胃に到達すると、ホッとしたような息を自然と漏らした。

 正面で親友の食事を見守るアンデレは、尋ねる。


「ペトロさ。朝から夜まで働いてて、疲れない?」

「大丈夫。次から次へと届けに行くから、時間なんてあっという間に過ぎるし。適度に休憩も挟んでるし」

「でもさ、スタミナ保たないだろ。昼はちゃんと食べてるのか?」

「うん。これ食べてる」


 ペトロはカーゴパンツのポケットから、栄養補助食品の銀色のパックを出した。食べ掛けのサンドイッチでも出てくるのかと思っていた二人は、昼ご飯とは言い難いものに目を疑った。


「昼メシ、それだけか!?」

「うん。これだけ」


 ちなみに夜も、ブロートにチーズを乗せるだけなど、質素な食事がほとんどだ。適当な食事管理に、ヨハネも呆れ返る。


「お前、よくそれで一日中走り回れるな」

「大したことないよ。使徒になる前も、面倒くさいとこんな感じだったから」


 疲れなど気にすることなく、ペトロは平然とハックステーキを食べる。

 自分を気に掛けることを怠るとこうなるのかと、知られざるペトロの生態にヨハネとアンデレは言葉を失った。

 するとヨハネは、無言でまたキッチンへ消えた。そして五分ほどすると、レンジで温めた温野菜にドレッシングを掛けた皿を持って来た。


「これも食べろ!」

「これも?」

「食べなきゃ無理やり食べさせる」


 このまま放っておけばペトロは不健康に痩せ細ると、危惧した。ペトロはこれで十分だと思っていたが、ヨハネがちょっと怒っているようなので、ちゃんと温野菜も完食した。


「ごちそうさまでした」

「満足か?」

「うん。ありがと」

「明日からは、ちゃんと食べろよ。ザコ悪魔相手でもへばってることあるから、明らかにスタミナ不足だ。それじゃ、使徒として失格だぞ」


 ザコ悪魔戦も何度か参戦しているが、集中力が途切れたり反射能力も鈍っていて、戦闘中にヤコブに怒られたこともある。


「ごめん。気を付ける。夕飯も、またみんなと食べるようにするよ」

「ヤコブもシモンも、ほとんど顔見てないから心配してるぞ。お前は一人じゃないんだから、心の中の気持ち、おれたちにちゃんと言ってくれよ」


 アンデレは椅子をペトロの横に移動させ、そして、右手を両手で包むようように持った。精神治癒のために触れた手は、温かかった。けれどその心は、冷え切っていた。


「ペトロ」


 今の胸中を包み隠さず話してくれと、ヨハネとアンデレは温情を込めた眼差しを向ける。

 目を伏せるペトロは少し黙ると、過去を振り返るでも、今を見つめるでもない瞳で、その胸中を話し始めた。


「どうしたらいいか、わからなくて……。自分がやりたいことはここにあるのに、心が空っぽになった感じで。何をしても、何を見ても、心が動かなくて。でも、やりたいことは放り出せないから。それは、オレが使徒になる時に誓ったことだから、それだけはちゃんと果たさなきゃならなくて。だから、あの頃の気持ちを思い出さなきゃって思って。あの頃に戻れば、誓いは忘れないから。そうすれば、今を乗り越えられるから」


 ペトロは、唐突に訪れた現実を忘れるために、「強くなる」と誓った頃に精神状態をタイムスリップさせようとしていた。その方が、心が乱れることもないだろうと。

 けれど。そんなペトロの思いを、アンデレは正面から否定する。




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