1話 立つ鳥に跡を濁され
木の葉の色が黄色や赤に彩られ始め、夜空を黄金色の明かりで照らす月も美しくなった。夜になると気温も下がり、オイルヒーターの活躍の始まりは、冬到来の前兆の知らせだ。
ヨハネたちは、暖かくしたリビングルームでテーブルを囲んでいた。テーブルに並ぶ料理もすっかり、香りとともに湯気が欠かせないラインナップだ。
しかし。席がいつもより一つ余計に空いているぶん、少し寂しい。空いているのは、ペトロの席だ。
「あいつ、今日も帰り遅くなるって?」
「うん。さっき連絡来た」
「最近ずっとだね。もう一週間くらい、一緒に夕ご飯食べてないよ」
ペトロは最近になって、以前よりデリバリーのアルバイトに時間を割いていた。必ず顔を合わせるように、朝と夜はみんなで食卓を囲むというルールは頭から抜けてしまったのか、連日帰る時間が遅くなっていた。
「ペトロ、今日もちゃんと昼飯食べたのかなー。ちゃんと休憩して、昼寝してサボったりしてるのかなー」
アンデレは親友への気遣いを口にしながら、挽き肉で作って焼いたハックステーキを一口大に切って口に運ぶ。
「ペトロは、アンデレみたいにサボらないだろ」
「おれは仕事サボったことないっすよ、ヨハネさん! 勤勉で真面目に働いてます!」
「戦いのあと、仕事あるのに僕の部屋に居座ったことあるだろ」
「あれは休憩です! 戦ったあとだから、ちょっとくらい仕事行くの遅くなってもいいかなーって思って、お茶しただけです!」
「それを世間では、サボると言うんだ」
一般常識をアンデレに改めて教えるのはもう疲れたヨハネは、真顔でツッコんだ。
「仕事サボって、怒られなかったの?」
「悪魔祓って頑張ったのは褒められたけど、戻るの遅くなったからめっちゃ怒られた」
「それで、よくクビにならないな」
「おれが作るスイーツ、お客さんに好評だから!」
アンデレはサムズアップして、心配無用と言った。その余裕はいつまで続くのだろうと、誰もが心に抱いた。
「ペトロも、おれのクーヘン食べたら元気にならないかなー」
ほとんど朝しか顔を合わせなくなったペトロを心配するアンデレの一言で、ヨハネたちは暖かい空気が心無しか1〜2℃下がった気がする。それだけ寂しさを感じ、憂えていた。
「ペトロ、口数も少なくなっちゃったよね。やっぱり、ハーロルトが帰ったのショックだったのかな」
「ハーロルトさん、ちょっと酷いっす。ヨセフさんに凄惨なものを見せられて、ショック受けたまでは同情できるけど。その日に突然帰るのは、ないと思う」
「アンデレが腹立てるの、珍しいな。ていうか。この前はヨセフのこと思い遣りに欠けてるって言って、ハーロルトの味方してなかったか?」
「だって。改めて考えると、きっかけを作ったヨセフさんも悪いよ。だけど、帰るの即決したハーロルトさんも、なんで相談してくれなかったんだって思う。ヤコブもヨハネさんも、そう思わない?」
「まぁな……。即決したってことは、精神的にかなりキタってことなんだろうけど。ヨセフのやつ、一体どんだけ血腥いもの見せたんだよ」
隣のシモンに微妙に苛立ちを感じさせるヤコブも、ヨセフの行動に納得いっていなかった。
「ヨセフさんが、余計なことしなければよかったんだ。監視するなら、監視だけしてればよかったのに!」
アンデレは長いヴルストを半分に切って、マスタードソースを付け、口に入れた。アンデレの腹立たしさを、ヨハネは言葉以外でも感じ取る。
「そう、イライラするなよ。確かに、ヨセフが余計なことをしなければよかったのかもしれない。でも全てが、ヨセフの責任とは言えない」
ヨハネは穏やかそうに言うが、内心はアンデレやヤコブと同じように納得はしていない。
そもそもは、怨嗟のマタイがユダを棺に囚えたからだ。だが、その中で何が行われたかを知る術のないヨハネたちは、不明瞭な原因のぶんを、ハーロルトを無理やり追い詰めたヨセフへの苛立ちに置き換えるしかなかった。
「それに死徒は、本当はクアラデム家の敵なんだ。なのに、なんでおれたちが戦わされてるんだよ」
「本当は『フェアラッセン』て言うんだよね。オイゲンさんがハーロルトに宿命のことを言わなかったのは、やっぱり、戦わせたくなかったからなのかな」
「それもそれで無責任だって! おれは別に、戦うのはいいよ。今さら引き下がろうなんて考えないし。だけど、そのせいでハーロルトさんが帰って、ペトロが元気なくして……」
普段は人を差別したり偏見も持たないアンデレが、ペトロを案じてここまで棘のある感情を見せるのは、初めてだ。隣のヨハネに、彼から感じたことのないピリピリした感情が流れ込んでくる。
「アンデレ。腹立たしい気持ちは、今はひとまず心に仕舞っておこう」
「でも、ヨハネさんっ」
「僕たちが今抱く感情は、それじゃない」
アンデレの感情は同意できるが、ヨハネは流されることなく諭した。目を見て諭されたアンデレも言う通りにして、それ以上不平を口にするのはやめた。
「一番辛いのは、ペトロだ」
「でもペトロ、全然泣いたりしてないよね」
悲しむ姿を見ていないと、シモンは切なげに目を伏せる。
ペトロは口数が少なくなっただけでなく、あまり笑わなくなった。まるで、仲間になったばかりの時の彼に、戻ってしまっていた。
「ペトロは今、どんな気持ちなんだろう」
悲しみ。絶望。孤独感。大切なものをただ失っただけでなく、この世界のどこにいるのかもわからない。ハーロルトの中にいるのかさえ、確かでない。
バンデであり恋人を、人格だけというかたちで失ってしまったその心中は、ここにいる誰にも想像がつかなかった。
読んでくださり、ありがとうございます
第6章の始まりです
章タイトルの読みは「リス」。「亀裂」という意味です。なんか嫌な予感がしますね……
今章は、「死徒」からのアプローチを変えた内容となっているので、日常シーンがかなり多めですが、別の意味でハラハラドキドキした展開になっていきます。その後のペトロと、ハーロルトの様子も。二人の関係性にも変化が……?
そして今章、めちゃ長いです。前半・中盤・後半に分けて更新します。後半はがっつりバトルあり!見逃せないみんなの見せ場がありますので、お楽しみに!
お星さまや、リアクションもお待ちしてます(^人^)




