66話 突然の決断
帰宅してから、アンデレは改めてちゃんと治癒を施し、アンデレのダメージはヨハネがある程度治癒した。
そしてテーブルを囲み、深刻な顔を合わせていた。
「なんなんだよ、マタイの攻撃。一体どこから攻撃されたんだ」
「僕たちが攻撃する瞬間、マタイは拳銃のようなものを持っていた気がする」
「でも、みんなの方に構えてなかったっすよ。あれはダミーで、伏兵がいたんすかね」
「それもありそうだけど、そんな気配しなかったよ。もしかしたら、マタイの拳銃の弾は見えないのかも」
「おれの防御効かないとか、ありえない! マタイの攻撃はズルい!」
防壁を擦り抜けられたことを悔しがり、アンデレは地団駄を踏む。
「フィリポの雷撃も厄介だったな」
「あの雷も重かった! 堪えるのマジ大変だったし、普通に食らって死ぬかと思った!」
「生きててよかったね。アンデレ」
「また勝負するときのために、攻略法考えたいけどなぁ……」
ヤコブは腕を組んだ。
フィリポの雷撃は避けられなくはないが、側撃はさけられないので、攻撃に集中するためにはアンデレの防御は必須だ。そして、二つの武器を封じる必要がある。ペトロは一人で抑えようとしたが、今の力では援護は不可欠だ。
問題はマタイの方だ。アンデレの防御が通用しない上に、不可視でどこから銃弾が飛んで来るか見当が付けられない。しかも、マタイの気分次第では一発アウトとなる。攻略もへったくれもない武器だ。
「対死徒のことも考えたいけど……」
一同には、もう一つ整理しなければならないことがある。
「ヨセフが、クアラデム家の監視役って……」
「神の使いとか、まだ信じられねぇ」
だが。ユダに記憶喪失に関することを積極的に訊いたり、ハーロルトに戦わないのかとしつこく迫ったのも、これで納得がいく。説得させるために、ヨセフを使わすくらいだ。神様は余程、クアラデム家に責務を全うしてほしいのだろう。
「クアラデム家の罪科って、なんだろうね。死徒が敵だって言ってたけど」
「先祖も戦ってたんだよな。てことは。死徒はこれまでも、何度も現れてたってことか」
「やつら、怨念の塊ですもんね。これまでの世界の歴史を振り返れば、現れててもおかしくないっすよ」
力を使い過ぎ、疲労感で身体が重いアンデレは、ソファーに寝転びながら話に加わっている。
「クアラデム家は代々、先祖の過ちを償うために死徒と戦っていた。ハーロルトにはその義務があるけど、教えられていなかった。オイゲンさんが、戦わせたくなかったんだろうな」
ヨハネはテーブルに斜になるように座り、アンデレの経過観察で少し振り向いた。
「でもよ。宿命をわざと隠してたって、酷くね? 親父さんが教えてれば、ハーロルトは俺らと一緒に戦ってたかもしれないのにさ」
「というか。ヨセフさんの話だと、ハーロルトさんが戦っていれば、おれたちも戦う必要なかったってことなんじゃ……」
「でも。憑依した悪魔は祓わなきゃいけないし。クアラデム家の敵が死徒だけなら、ボクたちは必要だよね」
「つまり。おれたちは、バックアップ要因?」
「そういうことになるんだろうけど、現状、俺らに全振りじゃん」
ヤコブは少しばかり機嫌が悪そうだった。自分たちが主役でなかったことや、最悪に面倒な役回りを押し付けられたことが腹立たしい、という理由ではない。
「神様はどうせ、悪魔も死徒も現れるのわかってたんだろ。本命が期待できないのもわかってたんなら、どっちも俺らに任せとけばいいんだよ」
「ヤコブの言う通りだと思う。ハーロルトが戦ってくれるかなんてわからない。低い可能性に期待するより、オレたちがそのぶん頑張ればいいんだ」
ペトロも、責任を全振りされている現状に不満を垂れることはなかった。シモンもアンデレも、誰かがならなければならないことを自分たちがやっているだけだと思えば、続けることは可能だった。
その中で一人、ヨハネだけは少し考えが違った。
「だけど。一人欠けたのはやっぱり痛い。ハーロルトが戦える力を持ってるなら、僕は仲間になってほしい」
「マジで言ってんの、お前。期待薄だぜ? まさか、私情……」
「全く挟んでない」
やはりまだ未練が残っていて、繋ぎ止めたくなったのかと疑ったヤコブだが、最近のヨハネの変化はわかっていたので「だよな」とした確認だけで引いた。
「説得するの?」
「したいところだけど、ヨセフが余計なことをしたみたいだし。できるかどうか……」
人員補充のために、ハーロルトを仲間に迎え入れる方向の話が始まった。
そこへ、自室にいた当事者のハーロルトがリビングルームに顔を出した。
「みんな、ここにいたんだ」
「ハーロルト」
「気分は落ち着いた?」
「うん。ひとまずは」
ハーロルトは帰宅してから、一人で気持ちの整理をしていた。顔色を見る限りは、気持ちも落ち着いたようだ。
しかしその表情は、何やら真剣な面持ちだ。それは、決意表明をする心の準備を整えた顔だった。
ハーロルトは、ひと呼吸置いて言う。
「みんなに、言わなきゃならないことがあるんだ」
「言わなきゃならないこと?」
「僕、実家に帰るよ」
ハーロルトは「戻る」ではなく、はっきり「帰る」と言った。
「えっ!? 帰るって……」
唐突な決断に、ヨハネたちは動揺する……。いや。彼は元々は、最初からここを離れるつもりでいた。それが延長されていただけのことだ。
けれど、仲間に迎え入れる話をしようとしていたばかりなのにと、ヨハネは立ち上がる。
「ちょ……ちょっと待て、ハーロルト!」
「急にごめん。でも、もう決めたことなんだ」
「もしかして、今日のことが原因? 死徒と遭遇して、怖い目に遭ったから?」
「そうだね。僕は、父さんから宿命の話を聞いて、みんながどんな戦いをしてるのか見たくなった。だけど、先祖たちの戦いを見せられて、怖くなったんだ」
「戦いなんて怖いのは当たり前だ。それに、今のハーロルトには戦う“術”がないんだろ? なら、強要はできないし。大学も、ここから行けるって言ってたじゃないか」
ヨハネは、思い直してほしいと引き留める。理由は、仲間に迎え入れたい件だけではない。ペトロの気持ちがまだ整理しきれていないうちは、戦わなくてもいいからいてほしかった。
しかし、ハーロルトの決意は変わらない。
「僕にはもう、ここにいる理由がないんだ。悪いけど、明後日には帰らせてもらうよ」
「明後日……」
ヨハネは、座るペトロに視線を落とした。ペトロは顔を上げず、口を閉ざしていた。
テーブルの端に座り項垂れるペトロを目にしたハーロルトは、同情と罪悪感が混ざった感情を一瞬浮かべた。けれど、自分にはもう関係のないことだと、目を逸らした。
その三日後。予定通り、ハーロルトは荷物をまとめて宿舎を去って行った。ヨハネたちは表で見送ったが、ペトロはベッドルームからも出て来なかった。




