65話 明かされる事実
マタイたちが消えるとフィリポのテリトリーも消滅し、普段の街に戻った。一時的に排除されていた人々も戻って来ると、道路上に血を流して倒れる使徒に気付きどよめいた。
どうにか動けるようになったアンデレが治癒で止血し、ヨハネたちも動けるようになった。
四人が建物の屋上へ駆け付けると、ペトロが血を流して倒れ込んだままだった。
「ペトロッ!」
呻いていたペトロにアンデレはすぐさま治癒を施し、ペトロもとりあえず動けるようになった。
「ていうか。なんでハーロルトとヨセフがここにいるの?」
「何してんだお前ら! 危険だってわかってるだろ!」
「ハーロルトさんが使徒の戦いを見てみたいと言ったので、自分が連れて来ました」
「だからって来るな! しかも、よりにもよって死徒二人とゴエティアも現れた時に……。何かあったらどうするんだよ!」
もしかしたら、二人の命はなかったかもしれない。そんな緊迫した状況に自ら飛び込んで来た二人に、ヤコブは怒鳴った。
治癒してもらったペトロは、アンデレの肩を借りて立ち上がる。
「オレがマタイを追わなかったら、二人とも危なかったぞ」
「無事でよかった! でも。もう、こんな無茶はしたらダメっすよ! ……ていうか、ハーロルトさん、顔色悪いけど大丈夫っすか?」
アンデレは顔色が悪いのに気付いて、ハーロルトも精神治癒してあげた。
マタイが見逃してくれたのは、運がよかった。何はともあれ、ペトロたちは二人が無事で一安心する。
「でも。なんで二人とも、死徒のテリトリーに入れたんだ。テリトリーが展開されれば、普通の人間は一時的に排除されるはずだ」
「そうだよな。ハーロルトは、ユダと同じ身体だからいられるとして」
「ヨセフがいられるはずないよね?」
「ヨセフさんも、特別な力を持ってるんすか? もしかして、おれたちの仲間?」
「……違うよね」
そう言ってヨセフを見るハーロルトの目は、疑惑を露にしていた。
「違うって。一般人てことか?」
「ううん。普通の人間じゃない」
「どういうこと?」
「まさか、死徒の仲間!?」
ペトロの一言で、ヨハネたちも疑惑の目を向けかけるが、
「自分が使徒の敵だったら、皆さんは既に全滅しています」
と、ヨセフは無表情で否定した。
「僕はヨセフくんに、脳内で見せられたんだ。先祖たちの戦いと、血腥い映像を……。普通の人間に、そんなことはできない」
「幻覚とか、そういう類か?」
「幻覚なんかじゃない。僕の中に記憶されている、クアラデム家の代償の足跡だ」
「代償の足跡……?」
ペトロたちは、ハーロルトが何を言っているのか理解できない。
彼らへの説明をしないまま、疑念の目を向けるハーロルトはヨセフに問い質す。
「きみは、クアラデム家とはどういう関わりなんだ。先祖の罪を知っているの? 先祖たちの戦いも知ってたってことは、きみはいつから生きてるの? きみは一体、何者なんだ」
父親のオイゲンが彼の正体を知っていたように、ハーロルトはヨセフが何者なのか本能的に気付いたが、確かめるために訊いた。
問い質されたヨセフは、やはり顔色一つ変えない。そして躊躇なく無表情で、正体と目的を話し始めた。
「自分は、人間ではありません」
「えっ……」
あっさりと人間であることを否定し、ペトロたちは視線をヨセフに集中させた。
「自分は、ある目的のために雇用の申し入れをしました。その目的は、クアラデム家の男子であるあなたに、宿命を果たさせることです」
「クアラデム家の、宿命?」
ヨハネが繰り返して問うが、ヨセフは無視して話を続ける。
「クアラデム家の先祖は、やってはならない過ちを犯しました。その罪科を子孫は代々背負い、償いを繰り返しています。しかし、あなたにもその責務が発生しているにも関わらず、あなたの父親は知りながら秘匿した。それは神への裏切りです。なので自分が、神の代わりに責務を全うさせようとしたのです。あなたに先祖たちの戦いと凄惨な歴史を見せたのは、あなたを自覚させるため」
ハーロルトに目的を明かし終えたヨセフは、今度はペトロたちに顔を向け、衝撃の事実を告げる。
「そして、あなたがたが戦っている死徒は、本来はクアラデム家が相対するべき敵です」
「死徒が、俺らの敵じゃない……?」
「クアラデム家は奴らを『フェアラッセン』と呼び、出現するたびにその存在を葬ってきました。それが、代々に渡って受け継がれる責務なのです。それなのに、罪科の証でもある責務遂行の“術”を一方的に破棄した。あの使徒が『籾の中は空だ』と言ったのは、そういうことですよね」
「“術”がないってことは、この前父さんに聞かされたばかりだ。僕は何も知らなかった」
「これは、知らぬ存ぜぬで通せる道理ではないんですよ。疎外感を感じていたと言っていたくせに、やはりあなたも堕落したクアラデム家の人間ですね。使徒がいなければ、この街は既に死んでいたかもしれないというのに」
ヨセフは冷淡にハーロルトを見下ろす。赤い瞳には陰を落とし、水色の瞳を際立たせていた。
「ヨセフ。ハーロルトは知らなかったんだから、しょうがないよ。死徒が現れてから宿命を知ったのは遅いかもしれないけど、ボクたちがいたから人々も無事なんだし……」
「そうっすよ! 前から冷たい人だとは思ってたけど、ちょっと思い遣りに欠けてますよ!」
シモンとアンデレは何も知らなかったハーロルトを庇うが、ヨセフは二人にも冷たい視線を向ける。
「使徒は、お人好しの集まりなんですか? 庇う義理もないのに庇って。普通なら、役目を押し付けるところですよ。そんなお人好しでは、次こそ死徒に付け入られて、どちらにしろこの街は終わりますよ」
「でも、ハーロルトは戦うことを拒絶してる。混乱もしてるはずだ。なのにお前は、その気持ちに配慮もしないで、責務だからと言って無理やり眼前に押しつけるのか。気持ちの整理ができるまで待つくらい、できるだろ」
ヨハネもハーロルトの心境を推し量り援護するが、人間の温かな情意はヨセフには届かない。
「それは配慮ではなく、同情からの忖度です。クアラデム家の人間にはもう、配慮も同情もする必要はありません」
「どうしてそこまで冷酷なんだ」
「それが、自分の役目だからです。自分は、クアラデム家を監視する者なので」
説明の義務を終えたと判断したヨセフは、おもむろに歩き出して建物の縁に立ち、ハーロルトに念を押す。
「宿命がどんなに残酷なものであろうと、それがあなたの運命です。どうにかして逃れようなどと考えることも無駄です。それは絶対に不可能なのだから」
そう言い残し、ヨセフは自ら身体を傾かせて屋上から消えた。
「ヨセフ!?」
落ちたと思ったヨハネたちは、慌てて建物の下を覗いた。だが、通行人が平然と歩いているだけで、ヨセフの姿は忽然と消えていた。




