62話 プレイング・ア・レコーディング
ハーロルトはヨセフに連れられて、使徒とフィリポが戦闘中の現場にやって来た。あまり近付いてしまうとフィリポに気付かれてしまうので、体勢を低くし離れた建物の屋上から見学する。
ペトロたちは現在、二人から100メートルほど先のシャルロッテンブルク宮殿前で戦闘を繰り広げていた。
「今みんなが戦っているのが、悪魔なの?」
「いいえ。死徒です」
「あれが死徒? 人間とそっくりだ」
「死徒は、人間が生み出した怨念の集合体ですから、姿形が似るんでしょう」
ペトロたちは何度もフィリポに立ち向かうが、攻撃は防がれ、ハーツヴンデで斬り掛かっても弾き飛ばされ、依然として太刀打ちできない状況が続いていた。
「みんな、苦戦してる?」
「一筋縄ではいかない敵ですから」
「適わない敵でも、あんなに一生懸命戦うんだ……」
「それが、彼らに託された使命ですから」
ハーロルトに家系の宿命を教えたときとは違い、戦闘を繰り広げる使徒を見ても、ヨセフの表情はやはり微塵も動かない。
「僕が戦うとしても、あんなふうにできるのかな……」
自身に背負わされている宿命と向き合うために見に来たはいいが、激しい戦闘を目の当たりにしたハーロルトは段々と怖くなってくる。
「あなたには、戦えるだけの力があります」
「戦える血ってやつ?」
「あなたの意識が変化したのも、その血の影響もあるのでしょう」
「でも、自信がなくなってきた。僕にできるなんて思えない。戦ってる自分を想像できないよ」
そんな弱気な彼に、ヨセフは珍しく勇気を与えるような言葉を掛ける。
「心配はいりません。その時になれば、本能的に動けるはずですから」
「そんな才能みたいな感じなの?」
「そうですね。“天賦の才”とも言えるでしょう。クアラデム家男子にしか、できないことですから」
「天賦の才……。そんな特別な力が、なんで家系の男子だけに?」
「そう決められているからです。過ちを犯した先祖も、男性でしたから」
そう言ったヨセフの眉が、微かにしかめられる。
ヨセフは、ハーロルトの心境を慮って勇気を与えるようなことを言ったのではない。ただ責務を果たしてほしい。それだけだ。しかしハーロルトの気持ちも、それだけでは変わらない。
「天賦の才って言われると、なんか嬉しい気もするけど。やっぱり僕には、あんなことはできそうにないよ。もう少し楽な戦いなら、飛び込めるかもしれないけど……」
「やはり、無責任ですね」
「だって。あんな激しいのは無理だよ。初心者があんなところにいたら、大怪我じゃすまないじゃないか」
宿命と聞いて、伝統を受け継ぐようなもっと楽なものだと勝手に想像していたハーロルトは、経験のない自分では使徒のようにはいかないと抗議する。
「あなたがすべき戦いは、あんな生易しいものではありません。あなたの曽祖父までは、たった一人で戦っていたんですから」
「たった一人であんなのと!? そんなの無茶だ!」
使徒が五人掛かりで挑んでも太刀打ちできていないのに、自分には余計に不可能だと、前向きになり始めていたハーロルトの気持ちは急ブレーキを掛ける。
「それが、クアラデム家男子の宿命です」
それでもヨセフは、同情を微塵も見せず坦々と告げる。現実を水のごとく飲み込めと。
そんなに果たしてほしい宿命とはなんだろうと、ハーロルトは逆に気になってきて訊いた。
「……ねえ。クアラデム家の宿命って、一体なんなの? 代々に渡って背負わせるほどの先祖の過ちって、なに?」
「では。教えてあげましょう」
ヨセフはそう言うと、人差し指でハーロルトの額に「T」の字を書いた。するとハーロルトの脳裏に、見覚えのない映像が流れ始めた。
それは、クアラデム家の先祖たちの戦いと、人間同士の戦闘の記憶だった。まるで、ハードディスクに記録された映像を見ているように鮮明で、自分が見てきたかのように錯覚をさせられる。
(なんだ、これ……!)
「ゔっ……」
先祖の戦いと人間同士の虐殺の歴史が交互に流れ、血腥い映像を繰り返し見せられるハーロルトは激しく嘔吐いた。
「それが、あなたに課せられた宿命です。逃げることは赦されません」
ヨセフは、顔色を真っ青にするハーロルトを全く気遣わない。人間の心を持っていないかのようにどこまでも冷酷で、弾劾するような眼差しで見下ろした。
フィリポと戦闘を続けるペトロたちは、一矢報いることが困難な状況でも、連携をして攻撃を続けた。
ヤコブが接近して〈悔謝〉を振り下ろすも、影の壁に邪魔される。だが、シモンが〈恐怯〉の光の矢で攻撃し、死角からヨハネも〈苛念〉を手に接近して攻撃するが、矢も壁に邪魔され、槍はカットラスでいとも簡単に止められる。
三人がフィリポを足止めしたそこへ、ペトロが〈誓志〉で切り掛かった。フィリポがウォーハンマーで受け止めると、同時に雷霆が降る。アンデレは〈護済〉で個々に防壁を展開し、雷から守る。
ペトロはすぐに離れるが、今度はフィリポから急接近されカットラスが振り下ろされる。ぶつかる剣と剣。火花の代わりに炎が散る。
「くっ……!」
「どうした! 前みたいな勢いがねーなぁ!」
重量感のある攻撃には慣れてきた。しかし、さっき交えたときに感じた棺に囚われたような感覚が怖く、ペトロは全力を出し切れない。今も、フィリポの〈業雷穿撲〉と触れた箇所から、少しずつ〈誓志〉が黒いシミに侵食されていく。




