60話 同時進行戦闘
「どうする。二班に別れるか」
「そうするしかない。僕とヤコブとシモンは、フィリポの相手。ペトロは、男性への深層潜入を頼む。アンデレは、無防備になるペトロを守ってくれ」
ヨハネの作戦を提案したが、ペトロはすぐさま異議を唱える。
「ちょっと待て。フィリポはオレの敵だ。きっと、またオレを狙って来たんだぞ」
「だからだ。バンデがいない今、棺に囚われたら危険だ。だから、今の状態でも比較的安全な深層潜入をしてほしい」
「でもヨハネ。潜入中にフィリポに狙われるかもしれないよ?」
「だから僕たちは、ペトロをフィリポから守りつつ、ザコ悪魔を祓う」
「おいおい、無茶言うぜ!」
「たぶん、今日のザコはそんなに難しくない。ペトロが頑張ってくれれば、早めに全員でフィリポを攻められる」
不満を垂れたヤコブだが、その作戦に異議はない。シモンもアンデレも、棺に囚われるリスクを考えればそれが最適だと納得する。
「でも。戦力がほしいのに、一人でも欠けたら……」
この中で、唯一まともに死徒と戦ったことがあるペトロは懸念する。惨苦のトマスとの戦闘では、苦戦を強いられた。それは、一対一だったからではないのは、身体に教えられていた。
しかしヤコブたちは、フィリポと戦うことを恐れていない。
「何言ってんだよ。俺ら、今までヤバい戦闘を何度も経験してきたんだぜ? そう簡単にぶっ倒れるわけねぇだろ」
「戦ったのは、ゴエティアだけだけどね。でも、負ける気はしないよ。だから大丈夫」
「僕たちが心配なら、なる早で戻って来てくれ」
フィリポが放つプレッシャーは、緊張するほど感じている。それでも三人は、勇ましい気概を見せた。
そんな気合いを見せられては、ペトロも任せるしかなくなってしまう。
「勝手だなぁ……。じゃあ。なる早で戻って来る」
ペトロは、男性の傍らに腰を下ろした。アンデレはその側で〈護済〉を手にし、防壁を展開する。
「おれが絶対に守るから安心しろ、ペトロ!」
「頼むぞ、アンデレ」
《潜入!》
ペトロは、男性への深層潜入を開始した。
「おい! 俺様の獲物は、俺様を無視して何をやってんだ。全方位ガラ空きじゃねーか!」
やはりペトロを狙っていたフィリポはヨハネたちを無視し、目で追えない速さで接近し、左手のハンマーを振り下ろした。その瞬間に雷霆が発生し、アンデレの防壁に衝撃を与える。
「っ!?」
(なんだこの攻撃! 超重いっ!)
衝撃は想像より遥かに重く、膝を突いてしまいそうだった。ザコ悪魔や、ゴエティアの眷属と比べても天と地の差がある死徒の攻撃力に、アンデレは動揺する。
「テメェで憂さ晴らしさせろぉ!」
フィリポは今度はカットラスを振り下ろした。が、〈悔謝〉を手にしたヤコブが、アンデレとのあいだに入って阻止する。斧と両刃剣の刃が、炎を散らしてクロスする。
「っ!」
(巨岩みたいに重いっ!)
ただ振り下ろされただけでもザコ悪魔と威力は桁違いで、ゴエティアと匹敵する戦闘力だ。
「射貫く! 泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
シモンが〈恐怯〉で光の矢を放ってヤコブを援護し、フィリポは距離を取る。
「貫き拓く! 冀う縁の残心、皓々拓く!」
間髪を入れず、ヨハネが〈苛念〉で攻撃した。しかしフィリポは、穴も開けられる一閃を、カットラスを一度振るっただけで相殺した。
(ひと振りで!?)
「&オ∅∀ゥ!」
容易に攻撃を弾かれたことに動揺する暇もなく、ザコ悪魔も襲って来る。ヨハネは天の罰雷で、シモンは赫灼の浄泉赫灼の浄泉で弱らせた。
「そういえば、一人足りないな。グラシャを殺ろうとしてた、あの眼鏡野郎はどうした!」
「今回は欠席だ!」
「欠席? 俺様には五人で十分ってか。舐められたもんだなぁ!」
フィリポは再びハンマーを振り下ろす。空気を裂くような音を轟かせて、ランダムにいくつも落ちて来る雷霆をなんとか避けるが、側撃により身体に痺れが残る。
「お前こそ、相棒のゴエティアは喚ばないのか!」
「彼奴は要らねぇ! 俺様の実力を見せて、愚弄しやがったマティア達を見返してやるんだよ!」
「思いっきり私情じゃねぇか!」
「ボクたち、そんなくだらない理由で付き合わされてるの?」
「すごく迷惑だし、やる気失せるな」
「んだと? 人間如きが舐め腐りやがって! そんな余裕ぶっこいていられるのは、今の内だ!」
ハンマーは繰り返し振り下ろされ、連続で雷霆が降り注ぐ。深層潜入中のペトロの上にも落ちて来るが、アンデレは全て防いだ。
(この死徒の攻撃、一撃一撃が何倍も重力掛かってるみたいに重い! ゴエティアもヤバかったけど、それとは違う強さだ!)
半端な気合いでは、ペトロもろとも戦闘不能になりかねない。アンデレは〈護済〉を持つ手に力を入れ、防御に全力集中した。
その少し前。事務所では、ヨセフと一緒に留守番をしていたハーロルトのスマホに、メッセージが届く。
「あ。ヨハネくんからだ。撮影終わったけど、悪魔が出たみたい。それから、死徒も現れたって。死徒の話も一度聞いたことあるけど、悪魔より厄介な敵なんだってね」
「また他人事のように言いますね」
「これでも一応、心配してるよ」
自分は関係ないと線を引いていたハーロルトだったが、家系の宿命を聞いてからは、周りで起きている現実から逃げることをやめた。自分が生きている世界で起きていることなんだと、受け止め始めている。
「あのさ。きみは、クアラデム家の宿命のことを知っていたよね。父さんが隠してることも」
「ええ。クアラデム家には、ご縁があるので」
「僕には、戦える血が流れてるって言ったよね。父さんは、使徒とは違う力だって言ってたけど」
「ええ。貴方が持つ力は使徒の力とは別物で、クアラデム家男子にしか継承されない特別な力です」
「やっぱ、別物なんだ……」
「ご自身の宿命を知っても、まだ傍観を続けるつもりですか。あなたが戦うべき相手は、もう現れているというのに」
ヨセフは静かに厳格に、責任の所在を問い質す。
先祖の罪と償いの義務を背負わされるハーロルトは、少し沈黙して口を開いた。
「きみから宿命のことを聞いて、父さんに問い質してそれが本当だと知って、僕の意識は少し変わってきた。務めを果さなきゃならない重要なことを隠されてて、ちょっと無責任だと思ったんだ」
「責務を果たす意志が、芽生えてきたんですか?」
「まだそうだと言いきれない。でも。僕が傍観し続けるのは、父さんと同じだと思う……。僕は、向き合うべきなんだよね?」
「向き合うしかありません。あなたが選べる選択肢は、それ以外ないんです」
逃れられない運命だと、ヨセフは改めて言い聞かせる。生まれた瞬間から、標本の昆虫なのだと。
ハーロルトは思慮する。オイゲンの思いを拒んだのは、このまま普通に生きることの正否を見極めるためだ。唐突に知らされた宿命を、自分のアビリティで成し遂げられるのか。
しばらくすると、ハーロルトは立ち上がった。
「みんなが戦ってるところへ行きたい」
まだ戦うことは考えられない。けれど、このまま迷いの中にいても先へ進むこともできず、今までの平穏に戻ろうとするだろう。何も知らないまま、そんな選択はできない。
だからハーロルトは、自分の宿命を受け止めるために、使徒がどんな戦いをしているのかこの目で見たいと思った。
ハーロルトの意志を聞き、ヨセフは静かに立ち上がる。
「わかりました。付いて来てください」




