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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─

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59話 フィリポ襲来



 撮影はここで最後だった。写真のチェックを終え、機材の撤収も始まり、ペトロは着替えるためにワゴン車に戻ろうとした。その時。


「誰か! 助けてください!」


 助けを求める女性の声が聞こえるのと同時に、悪魔の気配を感知した。距離的に、歩道に屈む女性と男性の方だ。

 ペトロは衣装のまま、ヨハネと一緒に駆け寄った。


「大丈夫ですか!」

「使徒さん! 助けてください! 父が突然呻いて苦しみ出したと思ったら、倒れて……」


 五十代とみられる男性が、地面に蹲り呻いている。この男性に悪魔が憑依しているのは、間違いない。


「お父さんから、悪魔の気配を感じます。あなたはここから離れてください」

「悪魔が……!? わ……わかりました。父をお願いします!」


 女性は、「お父さん、大丈夫だからね」と父親へ一言掛け、後ろ髪を引かれながら走り去って行った。

 そこへ、何があったのかとルッツが様子を見に来る。


「どうしたの?」

「もうすぐ悪魔が現れます。みなさんも避難してください」

「着替える時間ないんで、このまま戦います。汚したら弁償するんで」

「わかったわ」


 ペトロは、戦闘に邪魔になりそうなダウンジャケットとマフラーをルッツに預けた。受け取ったルッツはすぐに戻って状況を伝え、撮影スタッフたちは機材などを慌てて車に積み、避難した。


「まだ始まる前っすか!」


 戦闘が始まる直前、アンデレも駆け付けた。


「アンデレ。今日学校だったよな」

「終わって帰るとこだったから、ナイスタイミングっす! てか、ペトロ。今日の服、めっちゃ似合ってるな!」

「撮影だったから。ちょうど終わったとこなんだけど、着替える暇なくて」

「撮影用の衣装のまま出動って、なんかかっこいいな!」

「汚したりしたら、買い取りだけどな」


 ザコ悪魔なのでその心配はほぼないだろうが、ブランドものなので買い取りは避けたいところだ。


「で。深層潜入は誰が行く?」

「アンデレ、リベンジしてみるか?」

「でも。やっても、全然手応えも感じなかったんだよなぁ。」


 ペトロに訊かれたアンデレは、ちょっと悩んだ。

 一度、深層潜入を試みたことがあるのだが、アンデレ曰く、水溜りに顔を突っ込んだくらいでそれ以上は行けなかったという。恐らく、アンデレにはトラウマがないので、相互干渉ができなかったのだ。


「ここはやっぱり、ペトロかヨハネさんでしょ!」

「リベンジする! って意気込むのかと思ったけど、意外とあっさり引くんだな」

「一回でわかったんです。おれには、深層潜入は向いてません!」


 アンデレは堂々と言い切った。そこまで堂々と諦められると、秋空のように清々しい。


「グアア……ッ!」

「来るぞ!」


 近くに人気もなくなり守護領域を展開し終えると、男性の身体から黒い霧のようなものが噴き出し、異形の姿の悪魔が現れた。


「じゃあ、僕が行こうか。この程度の悪魔なら、ペトロほぼ一人で大丈夫じゃないか」

「ほぼ一人って! ヨハネさん、おれは!?」

「アンデレはいつも通り、いざという時の防御と……」


 それぞれの役割分担を決めていたその時。「……!」突然、地面や周囲の建物が一瞬で黒に覆われた。


「これは!」

「死徒のテリトリー!」

「守護領域を展開してたのに!?」


 ザコなど目に入らなくなるくらい、三人に一気に緊張が走る。


(しばら)く振りだなぁ! 糞愚物(くそぐぶつ)共!」


 ご無沙汰の声に反応して振り向くと、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたモヒカン頭のフィリポが、真っ赤な鋭い眼光で仁王立ちしていた。


憤怒のフィリポフィリポ・デア・ツォルン!」

「久し振りの物質界は良いなぁ。何時(いつ)何時も居る場所は退屈過ぎて、暴れるにも物足り無ぇ。矢張(やっぱ)り、痛め付けられて苦しむ生き物が居ねーと、暴れ甲斐も無いしな!」

「ここは、ストレス発散するところじゃないんだけど?」

「良いじゃねーか。百や千殺した所で同じだ。愚物だって、ムカついたら邪魔な奴は排除してるだろーが!」

「何も言い返せないけど、だからってお前のやることは誰も許さないぞ!」

「許さない? ハッ! 笑わせてくれるぜ! 許さないのは何方(どっち)だと思ってんだよ!」


 フィリポは、自身の身体から武器を作り出す。以前はカットラスのみだったが、今回はウォーハンマーとの二刀流だ。これがフィリポの武器〈業雷穿撲(ツォルン・トゥーテン)〉だ。

 ペトロたちも、対フィリポ戦に身構える。ところが。「$ォ∅σオッ!」出現していたザコ悪魔のことをすっかり忘れ、襲われ掛ける。


「ヤバ! 忘れて……」


 フィリポの凶悪な気配に消されてその接近に気付かず、防御が間に合いそうになかった。しかし。


「降り注げ! 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

「グ@∂ァッ!」


 光の弾丸が降り注ぎ、悪魔を退けた。助けたのは、学校帰りに駆け付けたシモンだ。アルバイト上がりのヤコブも一緒に到着した。


「何やってんだよ、お前ら!」

「ごめん。フィリポまで現れたから、つい存在忘れて……」

「それはしょうがないかもね。でも、ボクたちの本分は悪魔に憑依された人たちを救うことなんだから、忘れちゃダメだよ」

「肝に銘じます!」


 新米使徒のアンデレだけは、シモンの注意を素直に聞いた。


「いや、でも。申し訳ないとは思うけど、本当に余裕なくなるから」

「まぁ、確かにな。同時はズルいわ」

「テメェ等! また駄弁(だべ)ってんじゃねぇ! 俺様は、お前等とやりたくてウズウズしてたんだ。抑制させられてた鬱憤を晴らさせろ!」


 フィリポは右手のカットラスを振るった。振るわれた刃からは炎が噴き出し、地面を焼いて五人を襲った。

 ペトロたちは回避し、いったん防御(フェアヴァイガン)を展開して作戦会議をした。




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