24話 エンゲルベッケンの戦い②
「@。ア。あー。ゔゔんっ。喋り方はこんな感じか。やっぱ外は良いな。人間の中は窮屈だ」
(……!?)
なんと。この悪魔は人格を形成し、人間の声まで完璧に操り出した。これまでの戦いで遭遇したことのない、全く前例のない個体だ。
ユダの推測通り、母親のお腹の中で栄養をもらって成長する赤ん坊のように、憑依した人間の負のエネルギーを何ヶ月も食べ続け、外敵からの邪魔もなく力を蓄えられたからなのだろう。
しかし、その姿は黒い異形のままだ。やつは目玉をギョロッと動かし、喫驚して自分を見上げる使徒を見下ろした。
「何だ、お前等は。見た感じ、憑依出来そうな人間だが、普通の奴等とは違う種類か? 何か、食っても腹を下しそうだな」
「あいにく、お前に食わせてやるもんは持ってねぇよ」
「悪魔とは、食べ物の好みが違うからね」
「どうしましょうか、ユダ」
ヨハネは、リーダーのユダに作戦を仰いだ。
「やつは不可視の攻撃をする。攻撃範囲は不明だけど、恐らく距離を取っても無駄だ。だから、遠距離攻撃で気を逸らせて、隙きを狙って近距離攻撃が妥当かな」
「さっきと同じ方法ですね」
「それに。鎖を断ったから、弱らせなくてもハーツヴンデを使える」
「つまり、やりたい放題ってことだな!」
使徒のハーツヴンデは、遠距離向きのヨハネとシモン、近距離向きのユダとペトロとヤコブでちょうど分かれている。それぞれの武器の特徴を活かした戦法で、規格外悪魔攻略することに決定した。
「てことで。第二ラウンドの開始だ!」
五人は再び三方に別れた。ユダは花壇の辺りに留まり、ペトロとヨハネ、ヤコブとシモンで組み、緑のアーチへと移動する。
「穿つ! 闇世への帰標!」
まずは正面のユダが、出現させた三つの光の玉から僅かに時間をずらして光線を放つ。浮いている悪魔はそれを簡単にかわした直後、不可視の反撃が来る。攻撃の直後に防御を展開していたユダは、それを防いだ。
「貫け! 連なる天の罰雷!」
次にヤコブが、緑のアーチの中から通常の攻撃を放つ。天空から連続で雷を落とすが、悪魔は雷のあいだを縫うようにかわしていく。
悪魔は避け切ると不可視の攻撃を発動し、ヤコブが防御するとアーチの一部が歪に変形した。一拍置いて、緑の中に身を潜めたまま、シモンが弓矢のハーツヴンデ〈恐怯〉で狙い撃つ。
「射貫く! 泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
緑のアーチの中から飛び出した一本の矢は、空中で分裂して降り注いだ。「グッ……!?」攻撃を予測できなかった悪魔は、光の矢で身体を掠める。
「テメ……!」悪魔は、緑の隙間から見えたシモンに狙いを定めるが、
「貫き拓く! 冀う縁の残心、皓々拓く!」
二人とは反対側にいたヨハネが、長槍のハーツヴンデ〈苛念〉で攻撃。一直線に放たれた光線は、白い稲妻を放ちながら背中を向けていた悪魔の脇腹の一部を抉った。
「グウ……ッ! 卑怯な!」
二度も連続で攻撃を回避しきれず、悪魔は目角を立てた形相で背後に反撃するが、防壁を展開していたヨハネに防がれ、同タイミングでペトロが攻撃する。
「爆ぜろ! 御使いの抱擁!」
「グアァッ!」
シモンとヨハネから受けたダメージを修復中だったが、包み込まれた光の爆発を食らい、悪魔に相当のダメージが重ねられる。
「悪魔に卑怯だなんて言われたくないな!」
「グッ……。う"うっ……!」
まともに攻撃を受けた悪魔は、空中で身体を丸め、苦しみながらダメージの修復に集中する。
今なら更に追い込めると見たペトロは、剣のハーツヴンデ〈誓志〉を具現化させ、地を蹴り、緑のアーチの中から勢いよく悪魔に飛び込んだ。
「はああっ!」
ペトロが刃が振り下ろそうとした、その瞬間。悪魔は口を開いた。
「どうして、ワタシだけが……」
「……っ!?」
人格が確立されたはずの悪魔の口から、憑依した人間の心の声が呟かれた。
その声を聞いたペトロは、剣を振り下ろさずに悪魔を通り過ぎ、緑のアーチを経由してユダがいる花壇の方に降りた。
(ペトロくん?)
「クッ……。人間共が舐めやがって! 良い気になるなよ!?」
腸が煮えくり返った悪魔は、四方に不可視の激昂の攻撃を放つ。
ユダは、悪魔を攻撃しなかったペトロが気になるが、追い込み攻撃に集中した。
「降り注げ! 大いなる祝福の光雨!」
「グウ……ッ!」ヨハネが、通常の倍の規模の光の弾丸を頭上から降らせ、悪魔の身体を弾丸が貫通する。
「強靭奮う! 晦冥たる白兎赤烏、照らす剛勇!」
ヤコブが斧のハーツヴンデ〈悔謝〉を力強く振るう。水面を切る三日月型の刃は悪魔の真下から回転して直上し、その身体を深く斬り裂く。
「グアッ!」
「噴出せ! 赫灼の浄泉!」
「ア"ア"アッ!」
シモンが放った光の噴泉もまともに食らい、連続でかなりのダメージを負う。修復も間に合わず、身体を抱えて呻く悪魔は高度を保てず、水面ギリギリまで下降して来た。
「何だよこいつ。口程にもねぇな」
最初は連続する例外に戸惑い、不可視の攻撃にも少し手こずったが、戦ってみればいつも相手をしている悪魔のレベルと大差なかった。
見掛け倒しかと、一同は少し気を緩める。だが、また悪魔は何かをしゃべり始めた。
「苦しい……。生きているのが辛い……。ワタシだけが……」
「何だ?」
「憑依していた人の、心の声?」
「もう繋がってないのに、何で」
「……クソッ! 人間ごときがっ!」
かと思いきや、悪魔自身の人格に突然戻り、再び攻撃をしてきた。各自防御するが、ペトロだけ呆然としている。
「ペトロくん!」
「え?」
状況を把握できていないのか、ユダが駆け寄り慌てて防御した。
「いい加減、大人しくしろ! 拘束! 十字の楔!」
ヨハネが拘束の術を放ち、悪魔は簡単に光の十字架に磔にされた。
最後はユダが、大鎌のハーツヴンデ〈悔責〉を具現化し手にした。
「人を惑わす悪辣な者よ、その存在を滅する!」
踏み切り大鎌を振りかぶったユダは、悪魔を両断した。
「ギアアァァァ……ッ!」
断末魔とともに悪魔は塵となって消え去り、ようやく戦闘が終わった。
イレギュラーを乗り越えた一同はホッと胸を撫で下ろしたが、途端にシモンが力が抜けたように膝を突いた。
「シモン! 大丈夫か!?」
「深層潜入した時、いつもより深く精神干渉しちゃったから」
「ったく。だったら無理するなよ」
相互干渉の負荷で精神的ダメージを負いながらも戦い続けたシモンに、ヤコブは肩を貸した。
「ペトロくんも、大丈夫?」
ユダは、戦闘中にも関わらず呆然とし、今も勝利の余韻にも浸らず何か別のことを見つめているペトロを気に掛けた。
「別に。防御、ありがと」
「さっきは、何で攻撃しなかったの?」
「あれは……。ちょっと危険を感じただけ」
「本当に?」
「本当だよ」
ユダは理由を疑って問い返すが、ペトロは何かを誤魔化すようにユダと目を合わせようとしなかった。
「……なぁ、おい。あそこに浮いてるあれは何だ?」
何かに気付いたヤコブが北の空の方を指差し、ユダたちもその方向を見た。
守護領域が解除された公園の正面にある教会の上に、人影らしきものが見える。それは、黒いロングコートの軍服のらしきものを身に纏い、風に靡かせていた。
「悪魔か?」
「けど、悪魔とは違う気配を感じる」
五人は怪訝な表情で警戒するが、それは特に何もせず、幽霊のように忽然と消えた。




