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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─

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53話 ハーロルト父、来訪①



 この日。ハーロルトとペトロたちは、珍しく昼間にリビングルームで顔を揃えていた。

 間もなく、ハーロルトの父親がノルック州から訪ねて来るのだ。およそ一時間前、空港に到着して最寄り駅に向かうと連絡があり、先程ヨハネが駅へと車で迎えに行った。

 ペトロは、複雑な面持ちで椅子に腰掛けていた。アンデレは親友の様子を気に掛け、空気を和ませようとしゃべり続けていた。


「おれ、お客さんの反応気になって、つい味の感想を聞きに行っちゃうんだ。笑顔でおいしいって言ってもらえると嬉しくなって、おれが作ったんですアピールすると、お客さんとスイーツの話で盛り上がっちゃうんだ。そしたら、店長に怒られるんだよー」

「仕事サボってれば、そりゃあ怒られるだろ」

「おれは、サボってるつもりはないんだよ! 常連さんだと、味のバランスがいいとか、他の店と違う点とか教えてくれるし、勉強になるんだって!」

「でも、三十分はしゃべり過ぎじゃない?」

「学校の先生だったら、そのくらい話聞いてくれるし!」

「いや。職場と学校は違うだろ」

「アンデレくんて、一つのことに真っ直ぐで熱心なんだね」

「それが、おれの長所っす!」

「あんまり褒めるなよ、ハーロルト。ちゃんと教えとかねぇと、そのうち、面倒見切れなくなった店長にクビ宣告されるから」


 アンデレが中心となって四人はいつも通りに歓談するが、俯き気味のペトロは口を噤んで輪に入ろうとしなかった。


「もうそろそろ着くかな」


 壁掛け時計を見上げてシモンが言った。空港から宿舎までは、交通機関を乗り継いで一時間ほどだ。もうすぐ到着すると思うと、歓談していたヤコブたちも薄っすら緊張してくる。

 程なくして、リビングルームのドアが開く音がし、ヨハネが姿を見せた。


「みんな、お待たせ」


 一同に一言声を掛けたあと、「どうぞ」と迎えに行った客人を招き入れた。

 現れたハーロルトの父親は、ひと目で洗練された雰囲気を感じさせた。少々癖のあるブラウンの髪はオールバックにし、上品なグレーのスーツには秋らしくボルドーのネクタイを合わせ、Yシャツの袖口にはカフスを付けている。足元の黒い革靴は、磨かれていて一切の曇りがない。

 ハーロルトは立ち上がった。


「父さん」

「ハーロルト!」


 一見、気難しそうに見える父親だったが、息子の顔を見た途端に瞳が潤み、およそ二年振りに念願の再会を果たすことができた喜びを湧き上がらせ、思いの限りで愛する息子を抱き締めた。


「あぁ……。やっと会えた……。ハーロルト。本当に、ハーロルトなんだな」

「そうだよ、父さん」

「絶対にどこかで生きていると、ずっと信じていた。この時が来るのを、ずっと信じていたんだ」

「心配掛けてごめんね」

「電話だけでは夢じゃないかと疑っていたが、やっと実感が湧いた。お前が生きているのは、本当に奇跡だ」

「そうだね」

「母さんたちも、お前に会いたがっているよ」


 感無量の瞬間を、ヨハネたちは黙って見届けた。父親がこの瞬間をどれだけ待ち望んでいたかと想像すると、一言掛けることもためらわれた。愛する家族が温もりを持ってここにいることは、他には変え難い喜びに違いない。

 ひとしきり再会を噛み締めた父親は、一同に向き直った。


「申し訳ない。みなさんへの挨拶が先でしたね……。私は、オイゲン・クアラデム。ハーロルトの父です」


 目尻に薄っすら涙を浮かべ、小皺を作り細めたブラウンの目は、とても親しみのある目元だった。

 オイゲンは、ハーロルトと並んでテーブルの椅子に腰掛けた。ちゃんとした自己紹介がまだだったヨハネはオイゲンと名刺交換をすると、その社名に釘付けになる。


「株式会社F&SカンパニーCEO……」

「お仕事は、何をされてるんですか?」

「不動産業を、少々」

「父さんの本業は、トラウゴットホテルの社長なんだよ」

「トラウゴットホテル!?」


 ヨハネだけがホテルの名前に反応して驚いた。


「知ってるのか、ヨハネ?」

「トラウゴットホテルって言えば、ヨーロッパを中心に世界中に展開する、星付きの有名ホテルだ。僕が就職を考えたホテルの一つだよ」

「と言っても、グループの一つに過ぎませんが」


 オイゲンは謙遜するが、グループの一つだろうが星付きは十分誇っていい功績だ。


「その有名ホテルの、CEO……」

「ということは……。ハーロルトさんは御曹司!?」

「御曹司って言うのやめてよ」


 ハーロルトは照れくさそうに謙遜するが、途端にヨハネたち三人の目には、ハーロルトとオイゲンからセレブの輝きが放たれているのが見える。


「驚いたのはこちらの方ですよ。ヨハネさんは、芸能事務所の副社長ですか。お若いのに素晴らしい。では。社長はどちらの方ですか」

「社長は……。現在、事情があって不在です」

「そうですか。お会いできなくて残念だ」


 ヨハネは一瞬だけハーロルトに目をやり、「あなたの息子が社長だったんです」と喉まで出掛かったが、胸の中に押し戻した。


「まずは。愚息がお世話になり、大変申し訳ない。ハーロルトから一度、現在までのいきさつを聞いております。ですが、あまりにも信じ難いことでしたので、飲み込めていないままで……」

「そうですよね。僕たちも、混乱しましたから」

「記憶喪失になっていた、というのは本当でしょうか。その期間に、別の人物として生きていたということも……」

「はい」


 一同はヨハネが中心となって、オイゲンと話を始めた。




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