51話 不安の種
何事もなく祓魔し終えた帰り道。ハーロルトの父親が訪ねて来ることをヨハネから聞いたペトロとアンデレは、足を止めた。
「ハーロルトさんの、お父さんがっすか!?」
「ああ。近々、会いに来るって」
「それって……。会いに来るだけですかね」
アンデレは眉をひそめた。その疑問は、ヨハネが過ぎらせた不安と同じだった。
ハーロルトを連れて帰るのが目的ではないのか。家族の心理を自然と忖度すれば、誰でも真っ先にそう考える。
「そうだと思うけど……。会いに行くって言ってただけみたいだし。ハーロルトは復学するつもりだから、もしも実家に帰ることになっても、一時的だと思う」
「そうっすよね! まさか、迎えに来て一緒に帰るなんてことはないっすよね! そんなの、ペトロがかわいそうだし!」
アンデレは、三人ぶんの不安を吹き飛ばすように明るく言い放った。
ところが、同憂を浮かべたペトロが言う。
「……でもさ。家族はずっと、あいつのことを探してたんだよな。爆弾テロに巻き込まれて、突然行方不明になって、生死がわからなくなっても、生きてることをずっと諦めなかったんだよな」
ハーロルトの両親がSNSで息子を探していると知ったあと、ペトロは投稿履歴を過去まで遡って一つずつ読んだ。再会を希求し続けている文言の裏に、希望だけでは補い切れない不安と恐怖も抱えているであろうことが、窺い知れた。
「あいつの両親の気持ちは、わからなくはない。だからきっと、ただ会いに来るだけじゃないと思う」
「そうだな……。僕も、ハーロルトの両親の気持ちがわかるよ」
元恋人をハイジャック自爆事件で喪っているヨハネも、テロに大事な人が巻き込まれた辛い思いは、痛いほどわかる。亡くなったことを受け止められず、どこかで生存していると信じる気持ちは共感できた。
「生きていたら、自分の側に戻って来てほしいって思うよ。ハーロルトの両親も、一緒に過ごせるはずだった時間を取り戻したいと望んでると思う」
「その気持ちは、わからなくはないっすけど……。でも。本当に帰って、もしもそのまま戻って来ないってことになったら、二人はどうするんだよ!?」
共感だけでそれを受け入れられるのかと、アンデレはペトロとヨハネに尋ねた。
復学を望んでいるハーロルトは戻って来るつもりでも、両親はどう考えているかはわからない。記憶喪失だったことも本人から伝えられているので、十分に身体を休められるよう連れて帰る可能性はあるが、そのまま実家に引き留められることも考えられる。両親から強く説得されれば、ハーロルトの気持ちも動くだろう。
ただの憶測の話だが、ペトロとヨハネは真剣に考えた。そして、先に口を開いたのは、ヨハネだった。
「僕は……。ハーロルトがそうするなら、素直に受け止めるよ」
意想外な答えを出したヨハネを、ペトロは見た。
「ヨハネさんは、それでいいんすか!?」
「ハーロルトは、まだここにいてもいいって思ってくれてる。それはそれで嬉しい気もするけど、僕たちよりも、心配してた家族との時間の方が大事だろ」
「そうっすけど……」
「引き留めてるのは、僕たちのエゴだ。『ハーロルト』は元々、仲間じゃない。使徒として戦える力を持っているかもしれないけど、戦う意志がないなら、普通の生活に戻った方がいい」
「ヨハネさん……。本当にそう思ってるんすか?」
本心を押し殺しているんじゃないかと案じるアンデレは、ヨハネの目をジッと見つめる。優しく熱い思い遣りビーム光線を食らったヨハネは、本心を隠そうとするのを諦めた。
「……まぁ。本心は複雑だよ。でも、言っただろ。喪失感はあるけど、そこまで気持ちは落ち込んでない。ハーロルトがいなくなったからって、取り乱したり塞ぎ込むことはないと思う」
ハーロルトがいなくなることを想像すると、寂しく感じる。けれど、あまり未練がましく思わない。
ユダが消えてからのヨハネの心は、頭上の秋空のように今までより広く、どこかすっきりとしたような気がしていた。
「……お前は、平気なんだな」
ペトロは、心細そうな面持ちと声で言った。
「状況が急変して、気持ちが少し変わっただけだ」
その言葉がどういう意味を持っているのか、ペトロは表情からなんとなく察した。
ヨハネも同じように、寂寥感を抱いていると思っていた。同じ痛みを共感し、分かち合えると思っていた。しかし、そうではなかった。
ヨハネは、自分とは違う答えを見つけた。やはり置いて行かれるのかと、ペトロは引け目を感じる。
そんなペトロの面持ちを見て、ヨハネは言う。
「お前は、無理をしなくていい。我儘になったり、駄々をこねたっていい。唯一無二の存在を繋ぎ止められるのは、その絆を結んだ相手だけだ。離れたくないなら、正直にそう言えばいいんだ」
「そうだぞペトロ! 我慢するな! 強がるな! 帰ろうとするハーロルトさんにしがみついて引き留めても、誰も文句言わないからな!」
「いや。父親が文句言うだろ」
「だったとしても! 適当に理由付けて、反論の隙きを与える暇もなく追い返せばいいよ! それでペトロが幸せでいられるなら、おれたちも手を貸すぞ! 取っ組み合いになる覚悟もする!」
「頼むから、大袈裟にして騒ぎにするのはやめろ。できれば穏便に済ませたいから」
「でもおれは、ペトロのためなら引き留める! お前が望むなら、熱い思いでどうにかするぞ!」
熱くなったアンデレの熱で、半径2メートルが一時的に夏に戻った。
自分のためにこんなに熱くなってくれる親友がいてくれてペトロは嬉しく思うが、それは頼ってはいけないと、一歩引く。
「ありがとな、アンデレ……。だけど。我儘を言うとか、駄々をこねるとか、そんなことはしない」
「ペトロ……」
「オレに、贅沢はもったいない」
(あいつが望むなら、家族と一緒にいればいい)
ペトロの父親は、彼に人並みの幸せを望んでいた。それは、ハーロルトの父親も同じだ。彼ら家族が望む幸せがあるなら、その邪魔はしない。
贅沢はできたから、もう望まない。と。




