表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

228/263

44話 消失



 リビングルームでは、ショックで落ち込むペトロにヨハネとアンデレが寄り添っていた。丸まった背中をさするアンデレは、精神治癒をずっと続けていた。


「アンデレ。そろそろ切りあげろ」


 かれこれ十分以上、力を使い続けている。ヨハネはアンデレのスタミナを考えて、切り上げるよう言った。


「でも……」

「いいよ、アンデレ。ありがと」


 愁然と俯いていたペトロは顔を上げて、憂うアンデレに大丈夫だと笑みを浮かべた。そのつもりだったが、口角が全く上がっていない。


「でも、まだ辛そうだぞ」

「大丈夫。さっきよりは、軽くなったから」

「それに。やり続けたら、今度はお前が倒れるだけだ」


 先程の戦闘では、敵の術中に嵌まり身体が動かない状態で防御を続けていた。その負荷を引き摺ったまま、アンデレに無理をさせるわけにはいかない。親友を心の底から案じているのもわかるが、自身の身体も労れとヨハネは止めた。

 ヨハネの気持ちを理解して、アンデレは惜しみながらペトロの背中から手を離した。

 背中からほのかな温かさが消え、安心していた心が冷たい空気を纏った。


「……本当に、ユダだったときの記憶がないんだな」


 ずっと背中を向けながら会話を聞いていたペトロは、喪失感を乗せて零した。その瞳は、見つけた輝きを見失い、途方に暮れている。


「……そうだな」


 ヨハネはどう声を掛けていいのかわからず、ありきたりな相槌を打った。


「……でもさ! いつか思い出すかもしれないし! そんなに悲しむことないって!」


 アンデレは、漂う暗い雰囲気を散らそうといつものように明るく励ますが、さすがの陽キャパワーでも変えることができず、あからさまに空回りしてしまった。

 そこへ、ヤコブとシモンが戻って来た。沈鬱するペトロに向ける面持ちは、愁眉を禁じ得ない。


「オレ……どうしたらいいのかな……」


 ユダは無事に記憶を戻した。しかし、今までのことを全て忘れてしまうとは、誰も考えていなかった。

 突如として起きた現実を、そう簡単に受け入れられるはずもない。受け入れ難い気持ちは同じヨハネたちも、それは理解できる。


「ペトロ。無理に気持ちを切り替えようとしなくてもいい。僕たちも混乱してるし。少しずつ整理するしかない」

「そうっすね。おれたちのことがわからなくなるなんて、誰も想像できなかったんだし。無理しなくていいよ」

「それは、わかってる。だけど……」


 ペトロは、右腕を掴んだ。寄る辺を見失い影を落とした蒼碧が、不安定に揺れる。


「……消えたんだ」

「消えた?」

「ユダの名前が……消えたんだ……」

「!?」


 皺が付くくらいに袖をギュッと掴み、ペトロは顔を伏せた。それからまた、誰が声を掛けても沈黙した。


 ヨハネたちはペトロをリビングルームに残し、廊下へ出た。


「ペトロのこと、心配だね」

「まさか、名前が消えるなんて……」


 バンデの証である名前が消えた。その事実は、ヨハネたちにも衝撃を与えた。

 ペトロが使徒ではなくなる、というわけではない。だが、バンデがいなくなったということは、心の支えを失い、精神的なダメージを分け合えず、全て自分で背負うことになる。仲間の支えで戦うことはできても、一人で苦しみを背負っていくことになってしまう。

 それは、以前のペトロの生き方に戻るということだ。

 その事実にも動揺する四人だが、ヤコブには一つ引っ掛かっていることがあった。


「ていうか、思ったんだけどよ……。ユダのやつは、普通の記憶喪失じゃなかったってことだよな」

「え? でも、自分の過去は何も覚えてなかったんだろ?」

「そうだったんだけどよ。記憶戻ったら、なんで名前変わるんだよ」

「あ……」


 ヤコブの疑問に、シモンとアンデレはハッとする。

 記憶喪失になったとしても、名前は変わらないはずだ。しかも、仲間のことや、これまでの日々すらも忘れているのは、おかしいのではないだろうか。


「俺たちのことだけじゃなくて、今までのことを何もかも忘れてるっておかしいだろ」

「確かにそうだよね。記憶が戻ったらそれまでのことを忘れちゃうなんて、そんなことあるの?」

「おれはないと思う! ていうか、ないって思いたい! 全部忘れられてるの、悲しいだろ!」

「そうだな。だけど俺、思ったんだよ」

「僕も。たぶん、ヤコブと同じことを考えてる」


 ヤコブとヨハネは、似たような深刻な表情をする。


「え? え? なんすか? 二人は何思ったんだよ?」


 アンデレは、二人の顔を交互に見た。シモンも、何かに気付いた様子の二人に注目する。

 ヤコブは、自身の推考が間違いであることを心のどこかで祈りながら、口にする。


「人格が違うんだ」

「人格が、違う?」

「ハーロルトは否定してたけど。あいつとユダは、別の人格なんだ。そして多分。ハーロルトの方が、本来の人格だ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ