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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─

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42話 怪しい宗教団体ではありません



「使徒……? 悪魔……? 一体、何を言ってるんですか。悪魔なんて、この世界にいるわけないですよ。それとも、そういう宗教団体なんですか? 記憶が抜け落ちた僕に作り話を吹き込んで、洗脳して何かしようとしてるんですか?」

「そんなわけ……」

「それに。僕が、別の名前を名乗ってたって……。僕は正常な人間です。多重人格者なんかじゃありません。みなさんは一体、なんなんですか。僕を騙そうとしてるんですか」


 ハーロルトは、本当のことを白状しろと三人を問い詰める。

 悪魔の存在を初めて聞かされたのだから、懐疑的になるのは仕方がない。使徒の活動が始まったのは、去年の夏頃。悪魔の存在が人々に認知され始めたのはその年の秋頃なので、それ以前に記憶喪失となったハーロルトが知っているはずがないのだ。

「芸能事務所を立ち上げて経営していた」までは百歩譲って飲み込めたとしても、「悪魔と戦っていた」なんて話されても、ちょっとおかしな妄想をしているんだと思ってしまわれても、仕方のないことだ。


「まぁ。そうなるよな」

「信じろって言われても、信じられないよね……。そうだ。SNSに動画上がってないかな」

「そういえば。前に見た気がする」


 変な新興宗教団体だと勘違いされたままはマズいので、話の裏付けとなる証拠はないかと、ヨハネたちはSNSで動画を探し始めた。

 検索してみると結構動画が上げられていて、三人は片っ端から証拠となり得る動画を漁る。


「あったけど。人混みすごいし、ブレブレだし、悪魔全然映ってないし」

「これは?」


 シモンが、証拠になりそうな動画を発見した。


「これ……。たぶん、僕たちが駆け付けた直後だな。映ってないか?」

「これはダメだ」

「なんで?」

「映ってる俺に、ピントが合ってない」

「探してるのは、お前がかっこよく映ってる動画じゃなくて、悪魔が映ってるやつだろ」

「今は拘るところじゃないよ、ヤコブ。でも、悪魔も映ってないっぽいね」

「……あ。これどうだ?」


 今度はヨハネが、証拠として見せられそうな動画を見つけた。やはりブレブレだが、シモンが映っている。


「シモンが、もみくちゃになってるな」

「これ、本格的に戦い始めた頃かも。ボクが避難促してたんだけど、逃げる人の波に押し戻されそうになって、ヤコブに助けられたんだよ」

「ほんとだ。ヤコブに救出されてる」

「ユダが悪魔を引き付けてるあいだに、俺とシモンで一般人を守りながら避難させてたんだけど、あのままだとテレビ塔まで流されそうだったんだよ。こうして見ると、あの頃より逞しくなったよな」

「えへへ」


 ヤコブに褒められて、シモンは嬉しそうに笑う……。いや。そうではなく。


「昔の映像振り返って懐かしむんじゃなくて、悪魔が映ってる動画だろ」


 当てられた気分になったので、ヨハネはすぐに脱線した道から戻した。

 が。ペトロの初参戦後のぎこちないファンサービス動画や、慌てて避難をさせていたヨハネが車に当たりそうになる動画などに捕まって、また脱線する。そんなつもりじゃないのに、ついつい思い出を振り返ってしまう。


「あの……」


 証拠動画が見つかるのを待っているハーロルトは、そのあいだ存在を忘れられ、懐疑心が上乗せされた。


「あ。悪い。俺らが、怪しい宗教団体じゃない証拠だよな……。あ。これならいけるかも」


 これ以上ハーロルトの懐疑心が膨らむ前に、ヤコブはよさげな動画を見つけて見せた。

 撮影者は、逃げる方向とは逆方向を映している。やはり画面はブレているが、混乱して逃げる人々の声や動きは臨場感がある。短い動画だが、逃げる人々の向こう側に、手足のある黒い塊が残像のように映っている。

 ヤコブは動画を一時停止して、黒い残像を指差す。


「この黒いのが悪魔だ。残念ながら、戦闘してるとこは撮れてないけど」

「これ、AIで作った映像じゃないんですか」


 当然、一番にその可能性を疑うだろう。こんなフェイク動画を作るのは、AIには朝飯前だ。


「やっぱり、実際に見ないと信じてくれないよな……。でも、本物だ。今この街には、こんな得体の知れない姿をしたやつらが現れてるんだ」

「あなたたちは、この得体の知れないものと日々戦っている……と?」

「そうだ」

「イメージキャラクターなんてやりながら?」

「その二つが結び付くのが、疑問だろうけど」

「そして。僕も、戦っていた。ということなんですね」

「ああ」

「とりあえず。俺らのことを信用してくれるか?」


 ヤコブたちは、真剣な面持ちで訴えた。今すぐ出せる証拠は提示した。あとは、ハーロルトがその懐疑心を解いてくれるかだ。

 しかしハーロルトは、怪訝な表情を崩さない。目を伏せて、彼らを信じられるかをじっくり吟味する。


「……わかりました。現実は受け入れ難いですが、ひとまず、みなさんのことは信じます」


 怪しい宗教団体疑惑が完全に晴れたかはまだわからないが、真剣さが伝わったようで、三人はひとまず安心する。


「……そうだ。記憶喪失になってから、かなりの月日が経ってるんですよね。こんなに長く大学を無断で休んでたし、もしかしたら除籍されてるんじゃ……」

「それは大丈夫。休学届けが出されてるはずだから」


 と、ヨハネは教えた。


「休学届け? そんなの、誰が」

「ユダが」

「そうですか……。記憶を失くしていても、ちゃんと自分で手続きしていたんですね。戦ったり、芸能事務所まで作るなんて、記憶喪失とは思えない……。でも。休学届けを出しているのは、安心しました。早く復学しないと」


 それを聞いたヨハネたちは、同時に心の中で「えっ!?」と動揺し、ハーロルトを引き留め始める。


「そんなに急がなくても」

「僕には、やりたいことがあるんです。早く遅れを取り戻さないと」

「でもさ。記憶が戻ったばかりだし、もう少し休んだら?」

「周りに遅れは取るけどよ、そんなに急がなくてもやりたいことは逃げないだろ」

「だけど……」

「そうだよ。もう少し、ここでゆっくりしてもいいんじゃないか? ハーロルトがいても、別に迷惑だと思わないし」


 急に笑顔で引き留め始める三人に、途端に怪しい宗教団体の雰囲気が漂うが、ハーロルトは不信感を露にすることなく彼らの言うことに納得した。


「……そうですね。それじゃあ、実家に連絡だけさせてください」


 そのくらいはさせてやらなければと、ヤコブとシモンでハーロルトを部屋に案内した。

 ヨハネは退室したのを見届けると、アンデレに慰められているペトロに、案じる視線を向けた。




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