41話 知らない人々と、知らない場所
お待たせ致しました。第5章後半の幕開けです。
日常シーン多めですが、後半にはバトルもあります。お楽しみ頂けたら幸いです。
一同は、感情の整理がつかないまま宿舎に帰って来た。
混乱状態のハーロルトにもひとまず一緒に来てもらったが、これまで共同生活をしていた旧集合住宅を初めて見るように見上げ、リビングルームに入ってもキョロキョロと見回した。
ヨハネとヤコブとシモンは、ハーロルトと向かい合ってダイニングテーブルに座った。ペトロはハーロルトに背を向けてソファーに腰掛け、哀感を漂わせて膝を抱える。その傍らではアンデレが、憂色を滲ませながら背中をさすってやっていた。
「すまないけど。改めて自己紹介をしてほしい」
自分たちの名前を名乗ったあと、ヨハネは尋ねた。
「名前は、ハーロルト・クアラデム。年齢は、ニニ歳。出身は西南の都市ノルック州で、このベツィールフの大学に通っています」
まだ戸惑いが浮かぶ目でヨハネたち三人を見ながら、ハーロルトは考える素振りもなく答えた。
(ベツィールフの出身じゃないのか)
以前、ヨハネが出身を尋ねたとき、ユダはベツィールフ州の出身だと言っていた。しかし、どうやらそれは、彼の記憶違いだったようだ。
「あの。僕は、どうしてここにいるんですか。僕は休暇で、サンクトペテルブルクにいたはずです。あなたたちが、僕をここへ連れて来たんですか? どうして、十月だったのに九月になってるんですか?」
最後に刻まれた記憶と覚醒した場所と時期が一瞬で時空を飛び越え、混乱して整理ができないハーロルトは問い質した。ヨハネたちは、困惑した顔を合わせる。
「何も覚えてないのか?」
「何も、って……?」
「ここで、僕たちと一緒に暮らしてたこと」
そう言われ、ハーロルトはもう一度見回すが、首を横に振る。
「ここに来るのは、初めてです。みなさんとも、初めて会いました」
「本当に、覚えてないんだ……」
シモンは寂しげに呟いた。
目の前にいるのは、今朝もこのリビングルームで顔を合わせたばかりの仲間の姿だ。それなのに同じ声で、この場所も、ヨハネたちのことも知らないと言う。
にわかには信じ難い。しかし、いつかは記憶が戻る日が来ることはわかっていた。それが、なんの前触れもなく来てしまっただけのこと。
ヨハネは困惑する気持ちを整えながら、自分たちより動揺しているハーロルトに状況の説明をした。
「なんでここにいるか、ってことだけど。ハーロルトがここにいるのは、自身の意志でサンクトペテルブルクから戻って来たからだ」
ハーロルトは疑心を抱き、眉頭を寄せる。
「僕が、自分で……? でも。そんな記憶はありません。僕は、サンクトペテルブルク中央駅にいたはずです。電車から降りて、母さんと電話をしてて……」
自分の行動を記憶で証明しようとしたハーロルトだが、言葉が止まった。思い出そうとすると、覚えのない精神の重みを感じ、上腕が疼いて左手で触れた。
「電話をしながら、待合所を出ようとしていて……」
そこまで思い出したが、身体に残っていた刹那の衝撃と熱の感覚で、記憶で途切れていた。
「その時。何かが起きて……」
原因のわからない息苦しさが、漣のように寄せて来る。自身の記憶が途切れていることを、ハーロルトはやむなく自覚するが、その要因が全く思い当たらず、自分の身に何が起きたのか途端に恐ろしくなってくる。
自身の違和を感じている様子が覗えるハーロルトに、ヤコブは慎重に尋ねる。
「一つ訊いていいか。サンクトペテルブルクには、何月何日に行ったんだ」
「十月二七日です」
それは、サンクトペテルブルク中央駅で爆弾テロ事件があった日だ。三人は、深刻な表情になる。
質問の意図とヨハネたちの表情と様子を見て、ハーロルトは訊いた。
「みなさんは……僕に何があったのか、知ってるんですか?」
不安げな眼差しで尋ねられ、三人はまた顔を合わせる。
記憶が戻ったばかりで混乱しているのに言うべきか迷うが、恐らくハーロルトはテロ事件の当事者だ。それを含め、全てを話すべきか目配せし、ヤコブから話すことにした。
「どうか、落ち着いて聞いてくれ……。お前は、記憶喪失だったんだ」
「僕が、記憶喪失……?」
ハーロルトは、不安と戸惑いから眉をひそめた。
時々ヨハネとシモンもあいだに入りながら、自分たちが知り得るこれまでのことを、ハーロルトに配慮しながら話した。ここでの暮らしのこと。仕事のこと。そして、使徒の役目や悪魔のことを。
話を聞いたハーロルトは、最後には怪訝な表情をして三人に懐疑的な目を向けた。




