39話 焦燥
いくつもの円盤の刃が同時に襲い掛かって来る。ペトロは街路樹のあいだを縫うように逃げながらかわし、追い掛けて来るトマスにも攻撃を続ける。
「其方に逃げるなよ!」
四角い石の記念碑が並ぶ方へと逃げようとすると、〈氷野疼獄〉が回り道をして行く手を阻む。
ペトロは急ブレーキを掛けて剣弾き落とすが、トマスが殴り付けるように握る円盤の刃を振り下ろして来た。が、なんとかかわし、赫灼の浄泉を繰り出す。
しかし、トマスは自身の影をロープのように伸ばして街路樹に巻き付け、その伸縮力で攻撃を回避した。そのまま街路樹の周りを回転し、もう片方の手から、細長い影をペトロに向かって投げた。
その先端が20センチほどの球状に変形し、反応に遅れたペトロに直撃する。「っ!?」硬質化したそれはまるで鉄球のようで、吹っ飛ばされたペトロは建物の柵に衝突する。
「ぐうっ……!」
(こいつ、さっきまでのヘタレっぷりはどこ行ったんだよ!)
息つく暇もなくまた影の鉄球を投擲され、ペトロはビルの屋上に跳躍して逃げる。
(それはいいとして。ずっと胸騒ぎが止まらない。ユダが追い詰められてる。マタイには、それができたってことなのか!?)
「逃げるなんて酷いなぁ!」
追い掛けて来たトマスが、腕に円盤の刃を装備して飛び掛かって来た。振り向き〈誓志〉で受け止めるペトロ。回転する円盤と刀身が擦れ合い、火花が散る。
「マタイの方が気になるかも知れ無いけど、おれに集中してくれよぉ。放っとかれたら寂しいだろぉ。痴愚の癖に無視すんなよぉ!」
トマスの影から鉄球が現れ、ペトロをまた公園へ吹っ飛ばす。「ぐぅっ!」
ペトロが落ちて来た姿を目撃し、アンデレたちはそっちに一瞬気を取られる。
「ペトロッ!」
「大丈夫なのか!?」
「やっぱり無茶だったんじゃ……」
「くそっ! でも、俺らもここから離れられない!」
ペトロは緑が生い茂る中に突っ込むが、樹木の枝葉がクッションとなり地面に落ちる衝撃は多少和らいだ。だが、鉄球に連続直撃のおかげで、全身に痛みが響く。
「くっそ……。ん?」
(聴覚が戻ってる?)
感覚がスッキリすると思ったら、どういうわけか聴覚が戻っている。シャックスが倒されたわけでもないのに、普通に周囲の音や声が聞こえるようになった。
しかし、障害がなくなり安堵したのも束の間。嫌な予感がを身体の中を駆け巡り、右腕の袖を捲くった。
「名前が……!」
刻まれているユダの名前が、ほとんど読めないくらいに薄くなっていた。
焦燥感と恐れを感じる暇もなく、〈氷野疼獄〉が回転しながら連続で飛んで来て、ギリギリで避けた。
「穿つ! 闇世への帰標!」
ペトロは街路樹のあいだから放つが、トマスはまた円盤の刃を盾にする。
「切裂く! 朽ちぬ一念、玉屑の闇!」
攻撃した次の瞬間に接近したペトロは、〈誓志〉で斬撃を放ち盾の円盤の刃を破壊する。盾の陰でペトロの動きを捉えきれなかったトマスはギリギリ避けるが、足を負傷する。
「チッ!」
「はあっ!」
再び両者の刃が交え、火花が散る。
「マタイの棺はどこだ!」
「そんなのおれも知らないよぉ」
「嘘つくな!」
「本当だって。マタイの透明な棺は、おれ達にも見えないんだ。だから、探しても無駄だよ。って……。あれ。聴覚戻ってる」
「オレは、お前なんか相手にしてらんないんだよ!」
力を込められた〈誓志〉の刀身が青白い光を帯び、トマスを押し切ろうとする。
「はああっ!」
「くっ!」
黒い円盤の刃は砕かれ、トマスは再び負傷し後退する。そして今度は、ペトロが逃げ回るトマスの追跡を始める。
ペトロは闇世への帰標を連続で放ち、逃げるトマスは円盤の刃で防御しつつ影の鉄球で応戦する。
前後左右から連続で投擲される鉄球を、ペトロは身を翻してかわしながら剣で切っていく。本来なら二人で挑む攻撃を、鉄球の陰からたまに飛んで来る円盤の刃も反射神経で避け、頬や腕を掠めながらも攻撃の手を緩めない。
(何だ此の死徒。急に動きが……!)
「貫け! 天の罰雷!」
「くぅ……っ!」
ペトロの反応の違いに戸惑いを覚えるトマスは一瞬気を緩め、回避できた雷を食らい地上で足を止める。
「切裂く! 朽ちぬ一念、玉屑の闇!」
その瞬間を見逃さず、ペトロは白光の斬撃を放った。しかし、トマスには回避される。
ところが、その後ろにいたシャックスがもろに食らった。
「グアァッ!?」
(ヤバい。シャックスの事忘れてた!)
シャックスがペトロの攻撃を食らった途端、ヨハネたちに掛けられていた術が解け知覚が戻った。
「視覚が戻った!」
「耳も聞こえる!」
「元気になったぞー!」
「うっしゃー! 遠慮なく一掃してやらぁ!」
不便から解放されたヨハネとヤコブも、〈苛念〉と〈悔謝〉を具現化させ、怒濤の反撃を開始する。
「貫き拓く! 冀う縁の残心、皓々拓く!」
「強靭奮う! 晦冥たる白兎赤烏、照らす剛勇!」
「射貫く! 泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
三人の一斉攻撃で、悪魔の大半が一瞬で祓われる。
「傷を癒せ 宵闇遡及し日輪へ。己を信じ、祝福を受けよ!」
アンデレも、ペトロの傷を回復させた。
「サンキュー、アンデレ!」
形勢逆転の危機に、シャックスは再び怪鳥を喚び出す。
「此れで終わると思うな、童共!」
「この程度、俺らに掛かれば屁でもねぇよ!」
ヤコブとシモンの息ピッタリの攻撃で、あっという間に怪鳥は消滅する。しかしシャックスは、怪鳥に気を取られているその隙きに援軍の眷属を喚ぼうとした。だが。
「貫き拓く! 冀う縁の残心、皓々拓く!」
「ぐっ!」ヨハネが放った一閃を食らい、片腕を奪われた。
あと一息だと、ヤコブとシモンが追い打ちを掛けようと狙いを定めた。その時。




