35話 戯れ
マタイが消えたことで、残されたトマスと相対することになったペトロたち。
「で。お前は誰を捕まえるんだ?」
「今回おれは、君達の相手をしなきゃならないんだ」
「ヘタレが俺ら五人とか」
「五人も相手にする自信無いけど、マタイが言うからさぁ〜。でも矢張り自信無いし、来なきゃ良かったよぉ。今から誰か来て、バトンタッチしてくれないかなぁ……」
(またヘタレ節……)
(このキャラ、既視感あるなぁ……)
(やっぱ片目しか見えないの、気になるなぁー)
トマスのヘタレキャラのおかげで緊張感が薄れる、ヤコブとシモンとアンデレ。
そこへ遅れてヨハネが到着した。
「ごめん遅れた!」
「到着がビリついでに、バッドニュースだ」
ヤコブはヨハネに状況を説明した。ユダがマタイの不可視の棺に囚われたと聞いて少し動揺を見せたが、自分よりも、一番落ち着かないペトロを気遣った。
「ペトロ。大丈夫か?」
「大丈夫って言っとく」
棺が見えないせいで、危惧と焦燥が心の中で騒いでいる。しかし、どうしようもない状況に歯を噛み締めて強引に押さえるしかない。
「だけど、マタイに甚振ってやれって言われたしなぁ。其れって、おれに期待してるって事だよね……。五人一気に相手するのは緊張するけど、やってみようかな……」
一人で葛藤したトマスは勇気を出して戦う決意をし、紋章でゴエティア・シャックスを喚び出す。
「某を喚んだか。主」
「シャックス。今回は一寸大変だから、おれを助けて欲しいんだ」
「主と共に戦をすれば良いのか」
「何方かって言うと、守って欲しい方かも」
戦う決意をしたのかと思いきや、端からシャックスに丸投げをするつもりだったようだ。主に片目で上目遣いでおねだりされたシャックスは、無表情で小さく嘆息を吐く。
「相変わらず頼り無い……。が、承知した。主の志気が目覚める迄、某が繋いでおく」
「宜しくね」
一安心したトマスは、自分の出番がないことを期待して、ササッとシャックスの後ろに身を隠した。
気弱な主の代わりに相対するシャックスは、また両腕を広げて羽ばたかせ、またたくさんの羽が散らせた。
「某の此の双眸を見よ!」
使徒の視線が、被っている鳥の目にいくようにシャックスは誘導する。
「前回と別バージョンで術を掛ける気か」
「鳩は警戒されるから、違う方法にしたのか。そんなのに引っ掛かるほど、俺らはバカじゃねぇ……」
鳥の目には視線をやらず、啖呵を切っていたヤコブ。ところが言葉が途切れ、たちまち戸惑いの表情を浮かべる。
「ヤコブ?」
「……嘘だろ。また視界が見え……」
すると、シモンに届いていたヤコブの声が途切れる。
「ボクもだ。また耳が聞こえない!」
鳥の目を見ていないのに、再び使徒たちの身体に次々と異変が起き始めた。
「おれも、また身体に力が入らなくなってきた!?」
アンデレは膝を突き、ペトロは耳を塞ぐ。
(くそっ。今度は聴覚か!)
「ヨハネは大丈夫か!?」
「ダメだ。今度は視覚をやられた!」
既に音は何も聞こえないが、ヨハネは片目を覆いバランスを崩しかけていたので理解した。
(ヨハネは視覚をやられたのか! 鳥の目を見てないのに、なんで……!?)
「視界が狭い人間は下等である、と言う証明だな」
「アンデレ。治癒をやってみてくれ!」
ペトロに言われ、アンデレは信号機に寄り掛かりながら〈護済〉を具現化する。
「心を癒せ 心魂は不可侵、黒雲は沈降に非ず。大いなる祝福を受けよ!」
前回同様に精神治癒を試みるが、やはり効果がない。
(やっぱりダメか……)
「アンデレ。前回と同じ戦法でいく。できるか?」
「できる! 根性でやる!」
アンデレはズボンのベルトを外し、〈護済〉を離さないよう手と一緒に口で巻いて固定する。
「拒絶! 阻碍せん冥闇を抗拒する!」
前回と比べてペトロたちとの距離が近いおかげで、防御の展開範囲は狭い。力の消耗は少しは軽減されるはずだ。
シャックスの眷族の軍隊が喚び出された。黒い壁の登場に、一同は戦闘態勢を取る。
「来るよ、ヤコブ!」
「いつでも来い!」
「今度は僕のフォロー頼むぞ、ペトロ!」
「不安だけど、やるしかないな!」
そして、前回と同じ戦法で戦闘が始まった。
「降り注げ! 大いなる祝福の光雨!」
「貫け! 連なる天の罰雷!」
目が見えるペトロとシモンは、視界を奪われたヨハネとヤコブの負担を減らすために、威力を増大させて攻撃を放つ。
「ヨハネ、左だ!」
「爆ぜろ! 御使いの抱擁!」
「ヤコブ、正面!」
「噴出せ! 赫灼の浄泉!」
シャックスの後ろに隠れるトマスは、シャックスの羽根をいじりながら戦いの様子を覗う。
「此の儘、おれの出番が来なければ良いなぁ」
「主はもっと自身の能力を自負すべきで有ると、某は思うのだが」
「だって嫌じゃん。痛いのとか苦しいのとか。だから頑張って、シャックス」
(切り替わらねば無理か……)
トマスは、スイッチが切り替わるまでに時間が掛かる。刺激されなければユダの時のようには戦えないという、ちょっと面倒臭い仕組みになっている。




