19話 後ろの向こう側へ
大学の敷地内で戦闘中のヨハネたちは、だいぶ悪魔を弱らせていた。
「降り注げ! 祝福の光雨!」
「∅@ゥッ!」
「噴出せ! 赫灼の浄泉!」
「ギλァ∂≯ッ!」
「拘束! 十字の楔!」
頃合いを見てヨハネが拘束し、悪魔は動かなくなった。
深層潜入したペトロも程なくして戻って来たので、ヨハネとヤコブはハーツヴンデを具現化させる。
「濁りし魂に、安寧を!」
「@ア"&ァ∑σ……ッ!」ヨハネが鎖を断ち切ったあとにヤコブが祓魔し、危なげなく戦闘は終わった。
三人はハイタッチをする。守護領域が解除されると、大学の敷地外に避難していた学生たちが拍手や指笛で使徒を称えた。
そこへ、遅れてシモンとアンデレがやって来た。
「シモン。アンデレ」
「あれ。終わった!?」
「だから言ったでしょ。今から行っても遅いって」
「オレたちが行くって連絡しただろ。シモンは学校帰りだろうけど、アンデレは今日は仕事じゃないのか」
「無理言って抜けて来たんだよ! 活躍できると思ったのにー!」
「安心しろ。今日のは全然楽勝だったから」
「無駄足に無駄抜けだったな、アンデレ」
アンデレは、活躍できなかった悔しさで地団駄を踏んだ。
一段落して気を抜いていた、その時。ペトロたちは、新たな気配を感知する。
「ねえ。何か近付いて来るよ」
「おい、これ。死徒じゃないか?」
再び緊張感を走らせ、周囲に警戒する五人。その直後、守護領域が解除された大学の屋根を、軍服の裾を翻して黒い影が駆け抜けた。
「やつか!」
そのすぐあとに、ユダも同じ場所を走り抜けた。
「ユダ!?」
「僕たちも追うぞ!」
応援する学生たちに別れを告げ、ペトロたちも後を追った。
ティーアガルテンの道路沿い。等間隔に設置された街頭を足場に逃げる死徒を追い掛けるユダは、通行人を避けながら走っていた歩道を抜け、走行する車やトラックの上を飛び越えて中央分離帯を疾走する。
一体何が通過したんだと通行人は驚いた様子で振り返り、ドライバーは一瞬だけ脇見運転をする。
(一体、どこまで逃げるつもりだ!?)
直線の道路を進み、やがて正面に戦勝記念塔が見えてくる。
(ひええ、どうしよう! 隠れられる所が無いよぉ〜!)
トマスは隠れられる場所を探して逃げていたが、思ったよりユダの追跡が早く、隠れられる場所も見つけられなくて焦る。振り返ると、ユダとの距離が縮まっていた。
(まだ追って来るよぉ! 此の儘じゃ捕まっちゃう〜! ……ええい! どうにでもなれ!)
トマスは、環状交差点の信号機に降り立った。敵が仕掛けて来る気配を察知したユダは、周囲にいる一般人に危険を知らせる。
「みなさん! 今すぐここから離れて!」
すぐに理解して走りだす人も多々いるが、わけもわからず立ち止まる人もいたので、ユダはその人たちに警告をしようとした。
しかし。
《因蒙の棺!》
「!?」
艶のある一枚板がユダの四方と頭上に現れると、ガチンッ! と合体して箱状となりユダを閉じ込めた。
人が得体の知れない物体に捕まった瞬間を目撃した無知な人々は、ようやく危険を感じて慌てて逃げ始めた。
追手を閉じ込められて、トマスは額の汗を拭う。
「ふうっ。此れで一安心……」
「いたぞ!」
危険を回避して安心したのも束の間。ペトロたちが追い付いた。
「嘘っ! 何で他の使徒が居るの!?」
「偶然、鬼ごっこを見掛けたから、参加させてもらったよ」
「今なら一人だけだから、余裕だと思ったか」
「ふえぇ〜。矢張り来るんじゃなかったぁ〜!」
自分が袋のネズミだと勘違いするトマスは、窮地に青い瞳を潤ませる。
(ヘタレ……)
(オネェの次はヘタレキャラか)
(片目で見え辛そうだなぁ)
以前遭遇した痛哭のタデウスを想起させるキャラクターに、戸惑いを覚えるペトロたちと、不便そうだと感想を抱くアンデレ。
が。ユダの姿がないことにペトロは気付く。
「あれ。ユダは?」
「あの人なら、もう棺の中だよ」
トマスが指差した先の看板の側に、黒い鏡張りの棺が無機質に立っていた。
「ユダ!」
ペトロは血相を変えて駆け寄り、壁を叩きながら中に向かって叫ぶ。薄く見える壁は厚く、叩いた感触はコンクリートのようだ。
「大丈夫か、ユダ! おいっ! 返事しろ!」
「ペトロ、落ち着け」
ヨハネはペトロの肩に手を置き、冷静になるよう言うが、ペトロは棺から離れられない。
「そうだ。みんな、棺に触ったらトラウマが見えて、それで助かったんだよな? それなら……!」
シモンも、ヤコブも、ヨハネも、そして自分も、トラウマを見たバンデのおかげで棺から脱出できたのを思い出し、同じ方法でユダを助け出そうとペトロも冷たい黒い壁に触れた。
「…………」
しかし。何秒、十数秒目を瞑り続けても、額を付けても、何もイメージは見えて来ないし、微塵も感情がリンクしない。
「見えない……。なんで……」
「棺を出現させた死徒が、まだ表にいるからかもな」
「心配だよね。でも、ユダは絶対大丈夫だよ」
「ああ。ユダなら大丈夫だ、ペトロ。僕たちは、こっちを相手するしかない」
「……っ」
棺に囚われたユダが心配でならないのに、何もできずもどかしい。ユダもこんな思いだったのかと思い知るペトロは、冷たい壁を叩き奥歯を噛む。
「領域展開!」
一般人もいなくなったので、ヨハネが守護領域を展開した。焦燥を抱くペトロも棺から離れ、敵と相見える準備を整える。
「一対五なんて卑怯だよ〜! 袋叩きに遭っちゃうよぉ〜! ……あ。そ、そうだ! おれもゴエティアを喚べば良いんだ!」
半泣き状態のトマスは、掌の紋章を地面に向けた。
「おれを助けて、シャックス!」
すると、地面に映った紋章から大量の鳥の羽根が舞い、その中から人影が現れた。白い頭と黒い嘴の鳥の帽子を顔が見えないほどに深々と被り、腕には鳥の翼のように羽根が付いている。
「お困りで御座ろうか。主」
その声はしわがれていて、日本の武士を思わせる言葉遣いだ。
「おれを虐めようとする人間をやっつけて!」
「其れはいけませんな。御安心なされよ。可弱い主を甚振る輩は、某にお任せ下され」




