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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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20話 デート?



 ユダの買い物の付き添いで出掛けたペトロは、後部座席に乗っていた。

 ところが、車がいつもの道とは違う道を走っていたので、ちょっと不思議に思って訊いた。


「いつものスーパーに行くんじゃないのか?」

「たまには気分を変えようと思って」


 いつもとは違うスーパーに行くのか、とペトロは解釈した。

 気温は約20℃と過ごしやすく、流れる窓外を眺めていると、休日なので買い物に行く人や、カフェのテラス席でお茶をする人を多く見かける。公園の木々の緑も鮮やかで、窓を開けると涼しい風が入り込んで髪を揺らした。

 やがてシュプレー川を越えた車は、しばらく走ると目的地に到着して駐車スペースに停まった。しかし着いたのは、スーパーではなく映画館だ。


「なんで映画館? 買い物は?」

「買い物も行くけど、その前にいろいろと行きたいところがあって」

「いろいろって……。オレ、そんなつもりで来たんじゃないんだけど」


 久し振りにユダに騙されたペトロは、信用し過ぎたことを少し後悔した。つい先日にも誘われたことを考えれば、行き先がスーパーではないことくらい察することもできたはずだ。


「言ったでしょ。たまには気分を変えようと思ったって」

「それって、ユダの休日に付き合えってこと?」

「違うよ。きみのため」

「オレの?」

「だって、今日もまた寝て時間を潰しそうだったから。趣味探しって訳じゃないけど、たまにはあちこち連れて行ってあげようかなって」


 信用して簡単に付いて来てしまい後悔したが、ユダの気遣いにペトロの心はちょっと動いた。


「だからって、騙さなくても……」

「買い物はちゃんと行くよ。それに、こういう誘い方しないと来てくれなそうだったし。さ。入ろう」


 誘うことに成功して、ユダは心なしか嬉しそうだ。そんな顔をされてしまったら、言いたいことも言えなくなってしまう。しょうがないので、ペトロは付き合ってあげることにした。

 観る作品はユダが前もって選んでいて、ネットからチケットの予約もしてくれていた。そして約二時間鑑賞し、映画館を出た。


「面白かったー。気分爽快だね」

「主人公バディの掛け合いが抜群にクールだったし、アクションもめちゃくちゃかっこよかったな」


 なんだかんだでペトロも映画を楽しんだ。選んだ作品がペトロの好みに合ったようで、ユダは密かにホッとしている。


「あっという間の二時間だっなぁ。続編あったら観てみたいかもね」

「ていうか。お腹空いたー」

「じゃあ。お昼ご飯食べに行こうか」


 すっかりお出掛けモードになったペトロは再びユダ運転の車に乗り、次はハッケシャーマルクトへとやって来た。

 歴史を重ねた趣がある赤レンガのハッケシャーマルクト駅は、ターミナルであるとともにショッピングや食事も楽しめる場所だ。

 二人は高架下に並ぶ飲食店の中からイタリアンのお店を選び、パルマピザとサラミピザとアボカドスカンピサラダとドリンクを注文し、賑わうテラス席に座った。


「ピザ食べるの久し振りー」


 ペトロはサラミピザを1ピース取り、一口頬張った。


「朝と夜は一緒に食べるけど、バイトの時はお昼は何食べてるの?」

「その日の気分かな。サンドイッチをテイクアウトして公園で食べたりとか、カフェでパンケーキとか、ファストフードとか」

「甘いもの食べてるとこあんまり見たことないけど、パンケーキも食べるんだ。かわいいね」


 うっかり油断していた。不意打ちの「かわいい」をまともに食らい、ペトロは恥ずかしくなってしまう。


「別にかわいくないから。パンケーキくらい、ユダだって食べるだろ」


「かわいい」を否定するように大口を開けて男子らしくピザを食らうが、伸びて垂れたチーズが口の端にピタッとくっ付いてしまった。


「ペトロくん。チーズ付いてる」

「え?」


 ペトロは舌で舐め取るが、顎のあたりに少し残ってしまった。


「ほら。ここも」


 すると、正面に座っていたユダが手を伸ばし、残っていたチーズを指で拭い取った。


「はい。取れた」


 そして、指に付いたそのチーズを舐めた。その行為に、ペトロの全身がビリビリッとする。


「こんなに人いるのに、恥ずかしいことするなよ。見られてたらどうするんだよ!」

「大丈夫。誰も見てないよ」

「外なんだから、そういうのやめろよ。カップルだと思われるだろ」

「そう言われると……。今日はデートしてるみたいだね」

「デ……!」


 陽気に負けじと春の木漏れ日のような微笑みで口にしたユダの一言に、ペトロは激しく動揺して白い頬を染める。


「デートじゃない! お前が勝手にオレの休日をコーディネートしてるだけだろ!」

(そういうのを「デート」って言うんじゃないのかな……)


 ペトロの反応が予想通り過ぎてあまりにも素直なものだから、ユダは笑って思わず言ってしまう。


「やっぱり、かわいいよ。ペトロくんは」


 ペトロには、その笑みが周囲を気にしない大人の余裕に見えて憎たらしいが、怒る気になれなくてちょっと臍を曲げてやった。


「冗談言ってからかうなよ」

「からかってなんかいないよ。私は社交辞令は言っても、親しい人をからかうことはないよ。ほとんどね」

「全く言わない訳じゃないんじゃん」

「たまには言うこともあるよ。だけど、大事なことは絶対に冗談なんかにしない」


 コーヒーカップを傾けてユダは言った。その目はペトロに向けられてはいなかったが、心の丈の端を覗かせる表情と、真摯さが滲む声音だけで、嘘はない言葉だとわかった。


(大事なことって……)


 それじゃあ。「かわいい」は本音で言ったのだろうか。「素敵」や「魅力的」と言ったことも本音なのだろうか。「好きかもしれない」という告白まがいも……。

 一度は落ち着いたはずのペトロの胸がまたにわかに熱くなり、モヤモヤしてくる。


「……さて。そろそろ行こうか」

「あとは買い物して帰るのか?」

「他にも、一緒に行きたいところがあるんだ」


 次の目的地が既に決まっているということは、ユダはペトロを誘う前提で今日一日の予定を予め立てていたということだ。

 この“デートまがい”に、ペトロはどうやら最後まで付き合わなければならなそうだ。




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