9話 雑誌撮影、始まる
この日。ファッション雑誌の専属モデルとなったペトロの撮影が、いよいよ始まった。
初回は屋外に出て、街中での撮影となる。スタジオでも撮影することはあるが、屋外で撮るのは、読者に着用時のイメージや雰囲気を掴んでもらいやすくするためだ。主に特集ページに載せるものは、ほとんど屋外撮影となっている。
ペトロはユダに付き添われてミッテ区西側の地区に現地集合し、準備を整えていた。
「暑いなぁ……」
スタイリストに日傘を挿してもらい、扇子で涼を取りながら撮影の準備を待つペトロは、既に嫌になりそうな表情だった。
撮影するのは一月号に掲載するものなので、冬物を先取りした衣装を着用している。
ハーフジップTシャツにニットを重ね着し、チノパンツにワークブーツを穿いている。そしてさらに、この上にコートを着なければならない。
暦の上では秋だが、まだ夏が踏ん張ってくれているおかげで、厚着しての撮影は大変だ。
「服の中、薄っすら汗かいてきてる」
「我慢しないとね。きっともうすぐ撮影始まるよ」
ユダは、ペトロ初の困難を変わってあげられないことに少しだけ残念に思うが、コーディネートに合うようにセットされたヘアスタイルが素敵で、惚れ惚れもしている。
「お待たせしました。お願いします」
撮影の準備が整い、声が掛かった。リラックスしていたペトロは、ちょっと緊張し始めた。
「頑張って、ペトロ。いつものきみらしくやれば、大丈夫だよ」
「うん」
ユダは背中をポンと押してあげた。
赤レンガ造りの教会の前で、撮影が始まる。リニューアル第一号でもあるため、今回は編集長のバッヘムも同行し見守っている。
ペトロは赤レンガの壁を背に、カメラマンの注文を聞きながら撮影をする。初のファッション雑誌ということで緊張気味だったが、始まるとスイッチが切り替わり、ナチュラルなポーズを決め表情を作る。
(いざ始まると、途端に表情が変わった。これまでの広告撮影の経験のおかげもあるだろうけど、コツの飲み込みも早い。やっぱり、ペトロはすごい)
広告撮影を重ねてきた経験が、雑誌撮影に生きていた。それよりも、ペトロが持つ素質が違う現場でも遺憾なく発揮されることに、ユダも感嘆なく見ることはできなかった。
「惚れ直しちゃうなぁ……」
平静を装っているユダだが、心の中ではペトロを褒め倒している。
撮影をしていると、街行く通行人が気付いて注目する。
「何か撮影してる」
「ねえ。撮ってるのって、使徒のペトロくんじゃない?」
「え? あ。本当だ」
女性たちは、通り掛かる時にペトロに手を振った。カメラが降ろされ、スイッチがオフになったペトロはそれに気付き、はにかみながら小さく手を振り返した。
次の衣装に着替えるために、ペトロはワゴン車に戻った。ユダがペットボトルの水を渡すと、喉がカラカラだったのかゴクゴクと飲んだ。
「まだ緊張してる?」
「ううん。広告の撮影とはちょっと違うし、外で撮ることなかったからちょっと恥ずかしさはあるけど、そこまでじゃないかな」
「手を振る余裕もあったもんね」
「オレ、変な顔してなかった?」
「照れ臭そうでかわいかったよ」
「変顔してなければよかったよ」
ペトロはコートをニットをその場で脱いで、スタイリストに渡した。
新開拓の現場でも心の余裕があるペトロの一方で、ユダは先程から周囲に視線を向けていた。
「どうかしたか?」
「今日は何だか、やけに視線を感じる気がして」
ペトロも周囲に視線をやると、ごく一部のスタッフが、二人の方をちらちら見ながら何か話している様子が覗える。
「みんな、二人に興味津々なのヨ」
話し掛けてきたのは、ピンク色の短髪に金色に染めた顎髭、両耳に合計十個以上のピアスを付けた、ヘアメイクのルッツ。ユダよりも長身で、筋肉が逞しいトランスジェンダーだ。
「前にネットニュースで出たでしょ。二人の怪しい疑惑」
「デートを撮られたやつ?」
「わざと匂わせてましたからね。だから気になってる人もいると」
「あたしらみたいな生き物を受け入れてくれる街だけど、中には変な興味だけ持ってる人もいるから。でも、うちのスタッフは嫌なこと言わないから、安心してちょうだい」
(感じたのは、その視線だったのか……)
気になる視線の正体が判明したユダだが、なんとなくそれとは違うような気もする。




