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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─

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8話 手掛かり



「202X年10月XX日。昼前、サンクトペテルブルク中央駅構内で突如、大規模爆発が発生。死傷者は200人超となった。警察によると、待合所のベンチ下に置かれた複数の爆発物が同時に爆発した模様。遠隔操作で起爆したとみられている。事件直後は周囲は逃げ惑う人々で大混乱となり、多くの消防車や救急車が駆け付け、消防隊員やレスキュー隊が懸命に消化と救護にあたった。救助された人々は、近くの病院に次々に搬送された。その後、犯人からの犯行声明があり、爆弾テロ事件の首謀者らは逮捕、もしくは射殺された。」


 記事を読んだペトロは、厭わしい表情を浮かべる。どうしても自身の記憶がちらりと過ぎってしまったが、目を逸らさなかった。


(きっとユダは、このテロの犠牲者なんだ……)


 自分と似た境遇だと思うと、他人事として処理はできそうになかった。

 他の記事もいくつか読んだが、どれも似通った内容しか書かれておらず、めぼしい情報は書いていない。

 ペトロは時間を忘れて、ひたすら記事を漁った。すると。スクロールする中で、ある見出しが目に止まった。


「『サンクトペテルブルク中央駅テロ事件 唯一の行方不明者』……」


 それは、あまり知られていないマイナーなニュースサイトの記事だった。信憑性は皆無だが、無視できないような気がしてページを開いた。

 その記事は冒頭に、「これは独自取材で得た、とある被害者家族の数奇な物語だ」とある。まるで、読者を引き付けたいがための文言だが、ペトロはまんまと乗せられるようにその先を読んだ。


「事件の取材中、ある夫婦と出会った。彼らは、息子を探して来たのだと言う。

 彼らの大学生の息子は、秋の休暇で旅行に来ていた。テロ事件の日、夫婦は息子と電話をしていたが、その途中で突然通話が途切れてしまい、そのまま繋がらなくなったという。その直後に、サンクトペテルブルク中央駅の爆弾テロのニュースを聞き、もしや巻き込まれたのではないかと不安に駆られ、急いで駆け付けたのだ。

 彼らは警察で「息子と連絡が取れない、テロに巻き込まれたかもしれない」と話し、多くの怪我人が運ばれた病院を紹介され向かった。着いた病院で息子がいないかと名前を尋ねるが、看護師からはいないと言われた。念のために病室を一つ一つ回って探してみたが、見つからなかった。他の病院にも行ってみるがいないと言われ、搬送先全ての病院を探し回ったが、結局息子は見つからなかった。もちろん、自宅にも帰っていない。

 彼らの息子は、一体どこへ行ってしまったのか。既に、この世にはいないのだろうか。息子の無事を信じてやまない夫婦は、SNSで情報を募り、行方不明となった息子を探し続けている。」


「行方不明になった、大学生……」

(年齢は書いてない。身体的特徴も)

「でも。もしかしたら」

(この夫婦が探しているのは……)


 ユダの過去を知る手掛かりかもしれないと、ペトロはこの夫婦のSNSを検索しようとした。探しているのなら、恐らく息子の写真を載せているはず。もしも夫婦の顔も載っていれば、それを見てユダが何か思い出すかもしれない。


「……」


 けれど。途中でその手を止めてしまった。


 ───一つ思うのは、もしかしたら今の私は、記憶を失う前とは違う性格かもしれないということ。


 ユダがそう言っていたことを、突然思い出した。

 あれは、みんなが今の自分を作ったからという意味で言っていた。だが。もしも、本当のユダが今と違う性格だったとしたら。記憶を戻したら、自分への気持ちにも変化が起きてしまうんじゃないだろうか。

 そんな不安が、ペトロの心を過った。


(ユダは、記憶喪失を気にしてない。自分の過去に、囚われようとしてない。でも。記憶を戻したらその意識が変化して、失われた時間を取り戻そうとしたら。あそこから、出て行ったりするのかな……)


 記憶を取り戻して今とは違うユダになり、自分から離れて行ってしまうことを恐れ、それ以上の検索はやめてしまった。

 膝を抱え、顔を埋めて溜め息をつく。


「ダメなのに……」

(オレは、貪欲に幸せを求めちゃいけない。そう思ってるのに、気付けば追い求めてる。ユダのことも本気になっちゃダメだって思ってたのに、日に日に気持ちが大きくなってる)

「このままじゃ、もっと好きになっちゃう……」

(離れたくなくなる。ずっと一緒にいたくなる……)

「気持ちを抑えなきゃ……」


 ペトロの罪悪感は、まだ消えてない。

 トラウマと向き合えるようにはなったが、「自分だけ幸せになる」罪悪感をまだ抱いている。だから、いつでも掴んだ手を離せるように、気持ちの加減を意識していた。

 欲しいと願うものを、「欲しい」と思えるようにはなった。けれど、解氷された願望は、あの夜に囚われ続けている。




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