7話 ある日のJ3S芸能事務所
ある日の、J3S芸能事務所。
「ヨハネくん。先月分の諸経費の確認はできる?」
「はい。ファイルに入れてあります」
事務所で出費となった経費以外にも、共同生活で発生する食品や光熱費の出納の計算も、ヨハネが業務中にやっている。
ユダは共有フォルダの中から該当ファイルを開いて、先月分の出納を確認する。
「先月は、ちょっと嵩んじゃったかぁ」
「シモンが夏休みでしたからね。そのぶんの光熱費や食費がちょっと。ですが、ペトロの方の契約料が入って来たので、そのぶん助かりました」
「そういえば。PVの出演料をもらったって、ヤコブくんが言ってたけど」
PVとは、ヤコブが誼で出たアレンたちのインディーズバンドのやつだ。引き受けたヤコブは出演料はもらわないつもりだったが、先日再会した際に手渡しで渡されそうになったのだ。
「ヤコブは断ったようなんですが、気持ちだけでもと少しだけもらったみたいです」
「PVもちょっと話題になったから、そのお礼かもしれないね。こっちからも、ちゃんとお礼を言っておかないと」
「というか。ペトロもヤコブもシモンも、取り分増やさなくていいんですかね」
事務所では、それぞれに支払われた契約料の一部を給料として各自の口座に振り込んでいるが、三人ともそのほとんどを、事務所運営費に使ってほしいと回してくれている。
というか。元々は無償で始めるつもりだったイメージキャラクターだったのだが、起用してくれた企業から「感謝しているのはこっちの方なので、どうしても受け取ってほしい」という圧に負けて、提示される半分ほどを有り難く頂いている。
「シモンくんは学費や進学もあるからそのままバックしてるけど、ペトロもヤコブくんも、アルバイトをしてるから増やさなくていいって言うんだよね」
「仕事も増えたし、そのぶん増やしてもいいと思いますけどね。ペトロは専属モデルも始めますし」
「共同で運営してるって意識があるみたいだから、その気持ちは有り難いけど」
「申し訳なさ半分ですね」
主に運営している二人にとって、仲間たちの配慮には頭が下がる思いだ。
すると、事務所の電話が鳴った。ヨハネが受話器を取り、電話に出る。
「お電話ありがとうございます。J3S芸能事務所です。……はい。お伺いします」
電話の相手は、一般の男性だった。声から想像するに、中年くらいの年齢だ。
男性は「そちらに、『ハーロルト』という人物はいませんか?」と、尋ねた。
「いいえ。うちの事務所には、そのような者はおりませんが」
しかし、男性は「本当にいないんですか」としつこく尋ね、ヨハネは「間違いありません」とはっきり答えた。
ヨハネが嘘をついていないことを信じたのか、電話口で肩を落としていそうな声音で「そうですか」と男性は諦めた。
「では、失礼します」
相手が切ったのを音で確認してから、ヨハネは受話器を置いた。
「なんの電話だったの?」
「人を探しているようなんですが、勘違いだったみたいです」
「人探し……」
何かが気に掛かったようにユダは呟いた。
「何か気になることでも?」
「ううん。なんでもないよ」
ユダは、いつもの爽やかな笑顔で言った。
アルバイト中のペトロは、今日も公園で隠れるように休憩している。夏休みも終わり、響く声もだいぶ落ち着いた。
ケバブを食べ終えると、スマホであることを検索した。
(サンクトペテルブルク……。たぶん時期は、一昨年の十月頃……)
これまで触れてこなかった、ユダが巻き込まれたであろう事件を調べようとしていた。その理由は、ここ数日のユダの様子にある。
嫉妬のマティアのゴエティア・アミーとの戦いのあとから、ユダがよく考え事をしているのを目にする。あの戦闘中の幻聴で、ペトロたちと同様に自身の弱みとなる何かを聞いたようだが、尋ねても「大したことじゃない」と話してくれなかった。
しかしペトロは、ユダが幻聴で何を聞いたのかどうしても気になった。もしかしたら、記憶喪失のきっかけに繋がる何かを聞いたのではないかと考え、思い切って事件を調べてみることにしたのだ。
(サンクトペテルブルク……。事件……)
「あ。もしかしてこれか?」
大手ニュースサイトの記事を見つけた。
『サンクトペテルブルク中央駅爆弾テロ事件』。言われてみれば、ペトロも一度はテレビで聞いたことのある事件だ。
それには、起きた日付とテロを起こした組織も書いてあった。




