6話 譲歩で始まる同室生活
夏休みが終わる一日前。キャリーケースを持って、アンデレが引っ越して来た。
諸々の荷物はダンボールに詰めて先に送り、ヨハネの部屋に届いていた。アンデレはさっそく荷解きを始めたが、同室のヨハネとのあいだに早々に問題が発生した。
「……アンデレ。このガラクタは何だ」
「ガラクタじゃないっす! おれの憧れのヒーローのフィギュアっす!」
部屋の物が増えるだろうと思ったヨハネは大きめの棚を新調したのだが、ヨハネの私物もあるのにその棚の三分の一が、赤やら青やらのコスチュームのヒーローのフィギュアに占領された。
そういうつもりで買い替えた訳じゃないヨハネは眉間に若干皺を寄せ、一体ずつ手に取り空いたダンボールに入れていく。
「撤去」
「ちょっと! おれのヒーローを、勝手に仕舞わないでくださいよー!」
「フィギュア飾るのはいいとは言ったけど、こんなにあるとは聞いてない!」
「十体くらい、いいじゃないっすか!」
「せっかく落ち着く空間になってるのに、台無しになりそうだから嫌だ」
自分の好みではないもので部屋の雰囲気がガラリと変わるのが嫌なヨハネは、容赦なくアンデレのヒーローたちをダンボール送りにする。
年上で使徒の先輩の意向だが、リスペクトするヒーローたちをガラクタ呼ばわりされたアンデレも、それを黙って見ていることはできない。
「ヨハネさん厳し過ぎっすよ! フィギュアは全部置いちゃダメ。洋服出しっぱなしもダメ。ベッドの移動もダメ。おれの意見が全然通ってないっす!」
「部屋の雰囲気の著しい侵害は、許容範囲外。洋服収納は、ちゃんとクローゼットを使え。お前が寝る時はベッドルーム。僕から出した条件を約束できないなら、アンデレは今日から野宿だ」
アンデレは先程、床の隅に置いたマットに洋服を積んで片付けたつもりになっていたので、ちゃんとクローゼットを使えと有無を言わさず洋服を仕舞ってやったばかりだ。その次にこれなので、ヨハネは少しイライラしている。
ところが。迷惑を掛けているアンデレは、不服そうな顔をする。
「ヨハネさん、やっぱりおれのこと嫌いなんすか!?」
「だから、違うって」
「ほんとっすか?」
アンデレはヨハネにズイッと迫り、じっと見つめる。苛つき気味のヨハネだったが、迫られてちょっとたじたじになる。
「……嫌いじゃないよ」
「じゃあ。おれの好きなとこ言ってみてください」
「は? なんで、カップルみたいなことしなきゃならないんだよ」
「言ってくれないと、毎晩こっそり添い寝しますよ?」
「それは嫌だ」
なんでそんなことを言わなきゃならないんだと異議を申し立てたいところだが、アンデレはこうなると、自分が納得するまで一歩も引かないことはもう知っている。
ヨハネ仕方なく、アンデレの「好きなところ」ではなく「いいところ」を言い並べる。
「アンデレのいいところは……。いつも明るくて、周りを笑顔にする。裏表もないし、分け隔てないし、なんだかんだでみんなに愛されてる。あと、作ってくれるスイーツがおいしい」
「好きなとこじゃないけど……。ま、いっか!」
「いいところ」でも、全然問題なかったようだ。単純な一面があって助かったヨハネ。
「てことで。フィギュア全部飾っていいっすよね」
「そういうことじゃないだろ」
それがなぜ、フィギュアを全部飾っていいという解釈となったのか、全くもって推測不可能だが、アンデレがまた並べようとしたのでヨハネは箱を奪った。
「なんでっすか! フィギュアくらい飾らせてくださいよ!」
また不服を主張するアンデレに、ヨハネは溜め息をつく。
「だったら、全部じゃなくてもいいだろ。料理本もたくさんあるんだから、フィギュア全部置いたら仕舞えなくなるんじゃないか?」
ヨハネのアドバイスに、アンデレはハッとする。
「料理本のこと忘れてたっす!」
「優先順位逆だろ……。だから。一度に飾るのは半分くらいにして、あとは料理本を収納したらどうだ。飾るフィギュアは、気分で変えればいいし」
「なるほど。そうします!」
ヨハネのアドバイスを素直に聞いたアンデレは飾るフィギュアを五体選び、あとは箱に仕舞った。
「ヨハネさん。もしかして、料理本のこと考えて最初に撤去しようとしたんすか?」
「半分くらいは。僕にとってガラクタ同然なのは、変わらないけど」
「お小遣い貯めて一体ずつ集めたおれのヒーローを、ガラクタ扱いしないでくださいよー……。でも、ありがとうございます。何だかんだ困りながらお願い聞いてくれるヨハネさんのそういうとこ、おれ好きっす!」
「……っ」
太陽のような笑顔で素直な気持ちを口にされ、ヨハネは不覚にもちょっとだけときめいてしまった。
「それじゃあこの調子で、おれのベッドの移動も……」
「それはしないって言ってるだろ! 物置きにしてたベッドルームを、アンデレのためにせっかく片付けたんだから使えよ!」
「おれのため……」
アンデレは、ヨハネの配慮に感動して目を輝かせる。
「そこで感動しなくていい」
「おれのためを思うんなら……というか、おれたち二人のことを思うんなら、ベッド移動は必要っすよ!」
「なんで」
「だって、おれたちバンデっすよ? まだ物理的にも距離があるんだから、絆を深めるためにも必要だと思わないんすか?」
「バンデのことを考えるならそうだけど。絆は無理に深めるものじゃない」
アンデレは力説するが、条件を譲歩するつもりがないヨハネには、その気持ちはなかなか届かない。
するとそこへ。
「そうだぞ、アンデレ。ヨハネは女子だから、繊細なんだよ」
「あんまりグイグイいくと、嫌われちゃうよ?」
話に入って来たのは、いつの間にか部屋にいたヤコブとシモンだ。
「いつ入って来たんだ、二人とも。というか、丁度いい。そのままアンデレを説得してくれ」
ヤコブは先輩風を吹かせるように、アンデレの肩に手を回した。
「ヨハネさんて、ほんとは女の子なの?」
「中身がな。好きなやつにもなかなか告れない奥手だし、女々しいやつなんだよ」
「アンデレがバンデのことをちゃんと考えてるのは、いいことだよ。だけど、ヨハネの言う通り、強引に絆を深めるのは違うと思うから、ベッドは別々にしとこ?」
「そこから聞いてたのか……」
フィギュアの話で揉める前なので、だいぶ前から廊下にいて二人のやり取りを盗み聞きしていたらしい。
「ただ絆を深めるだけじゃダメなのか……。わかりました。ヨハネさんの言うこと聞きます!」
「理解してくれてよかったよ……。というか。二人はだいぶ前から部屋にいたのか?」
「うん。アンデレが手土産に持って来てくれた、手作りキャロットケーキを休憩に用意したから、引っ越しの片付けどうかなーって見に来たんだけど」
「お前らが楽しそうだったから、しばらく立ち聞きしてた」
初々しい同室生活の始まりをこっそり楽しんだヤコブとシモンは、揃ってニヤニヤしている。
「僕が困ってたのに楽しむなよ……」
聞いていたのなら、助けに入ってほしかったと思うヨハネ。ユダとペトロの進捗も陰から見守っていた二人なので、こっそり楽しみたい派なんだろう。
「リビング行こ。キャロットケーキ、おいしそうだよ」
「今回のキャロットケーキは自信作っす! ヨハネさんも食べてください!」
すっかり機嫌も直ったアンデレは、ヨハネの手を引いた。
「行くから手を引くなって」
(僕、アンデレとうまくやっていけるのかな……)
いろんな意味で、ヨハネはアンデレとの同室生活が心配だった。でも、憂鬱とまでは思っていない。




