19話 鈍いペトロと敏感ヨハネ
宿舎のある場所から程近い、史跡や語学学校がある付近で、ペトロたちは戦闘していた。
憑依された二十歳前後の若い男性には、すでにヨハネが深層潜入していて、ユダとペトロが戦っている。
今回の敵は二匹の小型悪魔で、獣のように四つん這いになって襲い掛かって来た。いつものように一方からではない攻撃に、二人は背中合わせになって相対していた。
「一人から二体出て来るとか、あるのか!?」
「これは、初めましてだね。憑依された人のトラウマと、何か関連してるのかも」
二人の正面から二体同時に襲い掛かって来て、ユダが先行して攻撃する。
「貫け! 天の罰雷!」
「「ギ@&ゥ£ッ!」」
「しかも。二体が一心同体かのように、片方を攻撃すると必ずもう片方もダメージを食らう」
「まるで、一心同体みたいだな。じゃあ、同時に攻撃するとダメージも倍になるのかな」
「やってみようか」
二人と距離を取った二体は、交差点を囲む周囲の建物の壁を走り、息を合わせたように空中で交差し、再びユダとペトロに襲い掛かって来る。
「∈ケφ、ナ、キ∅ク……」
「ジブ#、ジャηイ、∂ブ#……」
「降り注げ! 祝福の光雨!」
「「$ψャウσ!」」ユダとペトロが同時に降らせた光の弾丸は、双方の悪魔の身体を貫き弱体化させた。
片方への攻撃だけでも双方に効果があるとわかり、片方へは陽動としてわざと外した攻撃をし、一瞬油断させたもう一方へは確実にダメージを与えた。
やがてヨハネが帰還し、祓魔の準備を整えたユダとペトロは、〈悔責〉と〈誓志〉を具現化させ、同時に鎖を断ち切る。
「濁りし魂に、安寧を!」
そして、タイミングを合わせて悪魔を斬り、今回の戦闘もつつがなく終わった。
戦い終えて帰る三人は、公園の中をのんびり散策しながら歩いた。次第に気温も上昇し始め、木漏れ日の温かさを気持ちよく感じられるようになってきた。
「ペトロもすっかり、戦闘に慣れたな」
「だって、使徒になって結構経ってるし」
「もう、背中を預けられるくらいだもんね」
「ついでに。積極的にオーディション行って、仕事取って来てほしい気もします」
「ヨハネくんも、ペトロくんに期待してくれてるんだね」
「この前の先方の反応を聞いたら、そりゃあ期待したくなりますよ」
また、ユダが撮影に付いて行くなんて言いそうな予感をしつつも、事務所の運営としては、諸経費のためにペトロにも頑張ってほしいと考えているのは、副社長としての本音だ。
気持ちのいい午後の公園は、ペット連れや老夫婦のちょうどいい散歩道になっている。三人の前からも、歩き始めたばかりの幼子が、よちよちと走って来た。お気に入りのおもちゃを握り締めながら、まだ覚束ない足取りが微笑ましく、母親がその後を歩いて追い掛けて行った。
親子と擦れ違ったペトロは、何となく立ち止まって振り向いた。
「ペトロくん?」
ユダが気付いて声を掛けると、ペトロは母娘から顔を逸らしてまた歩き出した。
ペトロが何やら元気がないように見えたユダは、適当な話題を振ってみた。
「そうだ、ペトロくん。前に、趣味がないなら興味のあることを探してみたら、ってアドバイスしたけど。何か見つかった?」
「ペトロって、趣味ないのか。じゃあ、一人の時は何してるんだ?」
「大体寝てる」
「寝てるって……。退屈じゃないのか?」
「退屈だから寝てる」
「悪循環だな」
「でも、音楽聴いたり動画観たりもするし。たまにユダが持ってる小説開いて、ちょっとだけ読んでる。だけど。興味出そうなことって言われてもも、これといってないんだよなぁ」
ペトロも、今までずっと無趣味だったわけではなく、ある時期を境に趣味を楽しむことはしなくなっただけだ。
幼少期には電車などの乗り物が好きだったし、基礎学校時代や中等教育学校時代には、友達とサッカーに興じたりしたこともある。
昔好きだったことにも興味を示さなくなったペトロに、日常に何か彩りをプラスしてあげたいユダは、少し考える。
「じゃあ。今度一緒に、どこか出掛けない?」
「えっ!?」
その提案に驚きの声を上げたのは、ヨハネだ。それはつまり「デート」じゃないのか!? と動揺した。だがこれは、ただの外出の誘いなので、ペトロは微塵も動じていない。
「急に何で」
「出掛けたら、何か面白いことに出会うんじゃないかなと思って」
「ていうか。何でお前と?」
「そこを突っ込まれると、回答に困るんだけど……」
「別にいいよ。一人の時間を持て余すのは、慣れてるから」
と、ユダの誘いは軽く断られた。危うく、心臓に悪い展開が約束されるのを目の前で目撃しかけたヨハネは、内心ものすごくホッとした。
その週末。朝食のあとしばらくして、ユダはペトロに一つお願いごとをした。
「あ。そうだペトロくん」
「何?」
「掃除が一区切りしたら、買い物に付き合ってくれないかな。買っておきたいものがちょっと多くて、荷物持ちを手伝ってほしいんだけど」
「それならいいけど」
自室の掃除をある程度終えた二人が、支度をして部屋を出ると、リビングルームの掃除から戻って来たヨハネと出会した。
「二人揃って、どうしたんですか?」
「ちょっと買い物に行って来るよ。ストックなくなりそうなものもあるし」
「そういえば……。気付かなくてすみません」
「いいよ。掃除が終わったなら、ヨハネくんはのんびり過ごしてて」
「じゃあ、お願いします」
階段を降りる二人を見送り、ヨハネは自室に戻った。
さて。一仕事したあとのコーヒーでも淹れて、小腹でも満たすか……と思った、その直後。ヨハネはハッと冷静になり、大変な事態になっていることに気が付いた。
「二人で買い物……」
(え? ちょっと待て。それって……)
慌てて窓を開けてバルコニーから下を覗くと、車道脇に停めていた車にユダとペトロが乗り込む瞬間だった。
「ちょ……!」
待ってください! と引き止めようとした言葉は無念にも届けることができず、二人を乗せた車は走り去ってしまった。
ヨハネは呆然と見届け、バルコニーにしゃがみ込んだ。
(僕のバカ! 何ですぐに気付いて、行きますって言わなかったんだよ! しかも今日は、ヤコブとシモンもデートに出掛けてるし!)
「ヤバい。ぼっちだ……」
一人取り残されたヨハネは、自分の間抜けっぷりに呆れた。慰めてくれるのは、バルコニーのプランターの花たちだけで、泣きそうになった。




