2話 専属オファー
「また、オレにオファーが来たのか?」
仕事のオファーと聞き、また露出が増えるとさらにアルバイトがし辛くなるなぁと、ペトロは話を聞く前からちょっと気が進まなかった。
「そうなんだけど……。ちょっと言い辛いんだ」
露出が増えることには腕を広げてウエルカムの、絶対的ペトロ推しのユダが、珍しく切り出すのをためらう。なので、ヨハネから話を切り出された。
「実は。また、雑誌の専属モデルのオファーが来てるんだ」
「また来たんだ。でも、断ったんだろ?」
「いや。断ってたんだけど、ユダと相談して、一度ペトロに話してみようってことになったんだ」
「断ってた? ……てことは。何度かオファーが来てたってこと?」
「そう。同じ雑誌の編集部から何度も」
ヨハネがノートパソコンを開いて件のメールを見せながら、ここからはユダから話が進められる。
「専属モデルのオファーをしてくれているのは、ズーハー社から出版されているメンズファッション雑誌『ERZÄHLUNG』の編集長だ。メールの内容を読んでもらうとわかるように、だいぶ困ってるみたいなんだ」
メールに目を通すと、「力を貸してください!」「これも人助けだと思って」という、相手が使徒だからか、ちょっと勘違いをしていないかと疑問が浮かぶ文言がいくつか見受けられる。しかも長文だ。
「なんか。泣きながら書いてるように見えるっすね」
空気を読むのが苦手なアンデレにさえ、先方の必死さが掴めていた。
「確かに。すっごい切迫してるのが、ひしひしと伝わってくるな」
「この編集長からは過去に五回くらいメールをもらっていて、その度に断ってきたんだけど、今回は結構心の焦りが見えて」
「最初はいつも通りに断る方向だったんだ。けどユダが、一度ペトロに話してみようって」
「二人はこのメールに同情して、オレにオファーを受けてやってほしいってことか?」
少し怪訝な表情で、ちょっと嫌そうにペトロは尋ねた。
「そういうことじゃないよ。私の方針は変わらないから、ペトロが受けたくないなら仕方なく断る。だけどこのメールは、今までと同じようにすぐにゴミ箱に入れられるような内容じゃないと思うんだ。きっと本当に切迫していて、心の底から私たちに……ペトロに助けを求めてる。だから、オファーを受けるかどうかを一考する必要があると思うんだ」
「それってやっぱり、同情じゃないか? それに。仕方なく断るって言ってる時点で、ユダはこのオファーを受けたいって思ってるんだろ」
「少しね」
言葉の端に本心が現れてしまったユダは、申し訳なさそうに肯定する。
「でも本当に、判断はきみに任せるよ」
「僕もそれに同意してる。寧ろ、今まで通り例外と捉えることなく断ってもいい」
しかし、そこに無関係のアンデレが口を挟んできた。
「ヨハネさん、それはちょっと酷くないっすか。だって、めっちゃ困ってますよこの人」
「それは、何度もオファーくれてる時点でわかってるよ。でも、仕事は同情で受けるものじゃないし、何より僕たちの本業は使徒だ。そっちに影響が出るなら、受けない方がいい」
「やっぱり酷い! 酷過ぎるっす!」
「というか。アンデレは関係ないんだから口出しするな」
「だからって、ハブらないでくだムグッ!」
「お前は少し黙ってろ」
ペトロは、テイクアウトして来たドーナツをアンデレの口に突っ込んで静かにさせ、ユダとヨハネに意志を伝える。
「オレは、ヨハネの言ってることが理解できる。オレも、使徒の役目の方が大事だ」
「やっぱり、受けたくない?」
ユダは、残念な気持ちを少しだけ言葉に滲ませる。
「受けたくないというよりも、受けられない」
「私も、ペトロが戦う理由を理解してるから、その判断はきみにとっては正しいと思う。でも先方は、直接交渉の機会を求めてるんだ。だから一度でいいから、話を聞くだけ聞いてもいいんじゃないかな」
「すごい押してくるじゃん」
「話を聞いて、それでも嫌なら断ればいいよ」
「それはそれで申し訳ないよ」
「断わるのは私の役目だから、ペトロは全然気にせず自分の意志を優先してくれて大丈夫だよ。検討してみてくれないかな」
お願いされたペトロは、その場で考えた。
先方の気持ちを受け取りたいところだが、正直、やはりあまり気は進まない。けれど、ユダがオファーを受けてほしそうな雰囲気を出しているので、その気持ちに応えたい気もする。それに、雑誌名を聞いて思うところがあった。
口に突っ込まれたドーナツをもぐもぐするアンデレも注目する中、ペトロは答えを出した。
「……わかった。話だけ聞くよ」
とりあえず、交渉の機会を設けることを了承した。先方にもその旨を返信し、二日後に直接交渉が行われることとなった。




