1話 ちょっとした悩み事
読んでくださり、ありがとうございます。
いよいよ「イアメメ」第5章が始まりました。記憶喪失中のユダがメインです!
章タイトルの読みは「フェアシュヴィンデン」。「消える」という意味です。意味深ですね……
今章は、前半と後半に分けて更新します。
前半は、40話まで。いつもの感じの展開で、ユダもいよいよ棺の中へと囚われますが……40話は急展開!
41話からの後半は、ユダに関することがいろいろとわかってきます。
もちろん、イチャイチャもあるし、バースデーデートもします♡まずは、そんなラブもありな前半をお楽しみください。
お気軽にお星さまも付けてくださいね。リアクションもお待ちしてます!
スケートボードを楽しむ少年たちや元気に遊ぶ子供の声が賑やかな、夏休み終盤の公園。その木の陰で蝉の声を浴びながら、テイクアウトしたベーグルサンドをひっそりと食べているペトロは、あることに悩んでいた。
「アルバイト変えようかな……」
使徒での活躍に加え、増え続ける露出によって、声を掛けられる機会がぐんと増えた。
アルバイト中も、ピックアップする店舗、受け取るお客さんに、信号待ちの車内からなど、あらゆる人から話し掛けられる。どの人も「応援してます」「頑張って」など、嬉しい言葉をくれる。
公開されたスキンケアCMの反響も続いており、ぜひ継続して出てもらいたいという話も来ていた。どれもありがたいことだが、ペトロにとってはちょっとした支障となっている。
(受けるって言ったのオレだし。今さら、全部なかったことにしてほしいなんて言えないし。でも反響のおかげで、行く先々で声掛けられまくりだし。休憩しててもしてる気しないし。呼び止められることが増えたおかげで、前より一日のデリバリーの回数減ったし。そこはまぁ、副業の方で補えてるからいいけど)
「使徒と広告の露出で、こんなにバイトし難くなるなんて思わなかった。やっぱ、軽くオファー受け過ぎなのかな……」
もうちょっとよく考えるべきだったかと、後悔する。だが、イメージキャラクターの仕事を始めて結構経った今は、ペトロの中で少しずつ意識が変化し始めていた。
(でも。最近は、モデルの仕事してると楽しいっていうか、やり甲斐みたいなものを感じてきてる気がする。最初は、なんで世間がそんなに反応するのかわからなかった。今もわかんないけど。でも、オファーしてくれた会社の人たちが喜んでくれたり、声掛けてくれる人が応援してくれると、「よかった」って思う。それに、ユダが一番喜んでくれるし)
「あいつは喜び過ぎなんだよな。逆に照れるから、もうちょっと抑えてほしい」
(だけど。喜んでくれるのが、嬉しいって思う)
思い出し、心恥ずかしさでむずがゆくなるが、褒められるのが恥ずかしいと思うことも少なくなった。
(きっとこれが、やり甲斐ってやつなんだろうな)
「でも。それとバイトし難い件は、また別なんだよな。マジで変えるか考えようかな……」
すると、スマホにユダからメッセージが届いた。昨日の買い出しで買い忘れでもあったのかと思いながら開くと、「バイトから戻ったら事務所に来てほしい」とのことだった。
「何だろ?」
夕方までデリバリーを続けたペトロは帰宅し、真っ先に事務所に顔を出した。すると、話があると言われ、応接スペースで聞くことになった。
が。なぜかペトロの隣に、アンデレが当たり前のように座っていた。
「なんでアンデレもいて同席するの」
「用事があって偶然いたし、せっかくならおれも話聞こうと思って」
ちなみに。アンデレは使徒にはなったが、カフェの仕事と定時制職業学校で忙しいので、事務所には所属していない。
「お前には関係ない話だと思うけど。それに、事務所に用事って?」
「引っ越しの件だよ」
「あー。そういえば、ヨハネと相談してるって言ってたもんな」
使徒になり、ヨハネともバンデとなったアンデレは、近々引っ越して来ることになった。現在住んでいる部屋の契約もちょうど切れるらしく、それならとヨハネと話を進めていた。
しかし。引っ越し計画は、早くも暗礁に乗り上げていた。
「なのに、ヨハネさんゴネて」
アンデレは不満げな顔をするが、ヨハネも同じ表情をして対抗する。
「ゴネてない。なんで、ベッドルームで一緒に寝なきゃならないんだよ。ベッド一はつしか入らない」
一緒に寝るか、寝る場所は別々にするかで揉めていた。ヨハネは一緒に寝ることを断固拒否しているが、アンデレも一歩も引かない状況だった。
「だから、一緒のベッドで寝ればいいじゃないっすか」
「だから、なんでそういうことになるんだ」
「だって、バンデだし」
「バンデだからって、添い寝する必要はない」
「じゃあ。せめて隣にベッド置かせてください」
「ベッド二つもリビングに置いたら、そのぶん狭くなるだろ」
「もともと広いんですから、少しくらい狭くなったっていいじゃないですか」
「嫌だ。許せない」
ヨハネは腕を組んで、断固拒否を曲げない姿勢を示す。
「なんでそんなに嫌がるんですか。おれが近くにいるの嫌なんすか?」
「部屋が狭くなったら、観葉植物の置き場に困るだろ」
「おれより観葉植物の方が大事なんすか!?」
さっきもこの調子で揉めていた。引っ越しの話を始めて三日、二人はベッドの置き場所の話しかしていない。
(新居で生活を始める新婚夫婦の、痴話ゲンカみたいだな……)
二人のケンカを隣で見ているユダとペトロは同じ感想を抱くが、揉め事を拗らせないよう胸の中に仕舞っておく。
「二人とも。ベッドの話はまたあとでしてもらっていい? ペトロに来たオファーの話をしないと」
「あっ。そうでした。すみません」
今話したいのは、アンデレのベッドの置き場所ではないと思い出し、ヨハネは咳払いをして仕事モードに切り替えた。




