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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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33話 あの冬の日……



「ずっと、理由が気になってますよね」

「軽く聞けることじゃなさそうだったしね」

「そうですよね……。僕がここにいたのは、別れた恋人のことで苦しみ続けていたからなんです」

「レオっていう人?」

「はい」


 ヨハネは、一度はユダに話すのをためらったレオの話を───自身のトラウマを、明かし始めた。


「僕が高校二年生の時にケンカ別れして、大学に進学したレオは留学で旅立ちました。だけど。乗った飛行機が国際テロ組織にハイジャックされて、飛行機ごと自爆されて、亡くなりました」

「ハイジャックで……」

「乗員乗客、テロの実行犯も全員、飛行機ごと海に落ちました」


 そのテロ事件は、世界にも影響を与えた大事件だった。


「それじゃあ、遺体は……」

「空中で自爆したので、未だに行方不明の人もいるようですが。奇跡的にレオは、海上に浮いていた機体の一部の中から見つかりました。かなり酷く、損傷していましたが……」


 脳裏に焼き付く、白い棺の中に横たわるその姿を思い出し、ヨハネは堪らず口を覆う。


「大丈夫?」

「大丈夫です……。でも僕は、逃げ出したんです。最後の挨拶もできずに……」


 遺体が回収されたと聞き、ちゃんと別れの挨拶をするつもりで教会へ行った。だが。人とは言えないその姿にショックを受け、花も手向けず、何も言わずに走り去ってしまった。


「僕のせいでケンカして、別れを切り出したのも僕なんですが、後悔してたんです。だから事件にレオが巻き込まれたことを知って、ちゃんと伝えたいことを伝えないとって思って行ったんです。でも、認められなかった。あんな姿の人間が、レオなわけがないって……。葬儀にも参列しなかった僕は、きっとまだ生きてるんだと思い込むようになって、レオがバイトしてた店に行ってみたり、何度も実家を尋ねたりしました。ちょっと頭おかしかったんです。僕が何度も行くからレオのお母さんも困って、わからせるために墓地に連れて行かれました。でも、それでも受け入れられなかった。本当は、理性では理解していたのに……。僕は、現実の拒絶と、自分への自責を繰り返し続けた。その姿に堪えられなくなった両親は、僕に気分転換を勧めました。そして僕は、この街に来ました」


 引っ越して来たヨハネは、週末には隣国から訪ねて来た母親と一緒に過ごした。両親は毎日電話もしてくれて、とても献身的にケアをしてくれた。そして、時間の経過とともにヨハネの気持ちが変わってくると、母親は独り立ちを勧めた。


「両親の前では、心配させたくなかったから嘘をついていました。それがいけなかったんでしょうね。溜め込んでしまって、いっぱいになって、破裂する寸前までいってしまった。そして、あの日の早朝、僕は、この橋の欄干の上に立った」

(思い出した……。風がすごく冷たくて、指先や耳の感覚がなくなってた)


 ヨハネの肌に、刺すような冷たさの風が吹いた。喪った温もりを求める身体と心が、彼は誰時にさめざめと泣いていた。


「その時に。タイミング悪く通り掛かったユダに、声を掛けられたんです。だけどそれが、僕の運命になった」

「ヨハネくんの、運命?」

「ユダが現れた時、僕を許したレオが迎えに来てくれたんだと思いました。これでやり直せると思って、差し出された手に触れたけど、でも、冷たくなくて。とても温かくて……」

(朝日のように、微笑みが眩しかった)

「ここで終わるはずだった僕の人生が、ここから再び始まったんです。あなたに救われたから」


 静かに流れていた涙は止まり、ユダとの出会いはヨハネの生きる希望となった。それからヨハネの心は再生していき、過去を引き摺りながら、新しい明日を追い掛けるようになった。


「ユダと知り合ってから一緒に過ごすことが多くなって、いつの間にか毎日が楽しくて、自分の気持ちにも気付くようになりました。いつまでも、過去を引き摺ってはいられない。次へ進まなきゃ。そう思うようになりました。だけど……。今は、自分の気持ちがよくわからないんです。この思いを、誰に向けたいのか」


 あの日、告白しようとした時にもユダとレオの姿が重なり、確かにある気持ちをどっちの人物に言ったらいいのかわからなくなって、何も言えなくなった。

 それからヨハネの心は、答えを探し続けている。これは、新しい恋を求める気持ちなのか。それとも、過ちの過去への未練なのか。


「僕は、ユダとレオを、重ねて見ていただけなんですかね」


 ヨハネは悲しげに言った。

 二人の性格はほとんど違う。それでもユダに惹かれたのは、顔が似ているという理由だけなのだろうか。

 新たな愛を求めたヨハネが、立ち止まっていた場所から踏み出そうとしたのは、未来と過去、どっちだったのだろう。


「本当に好きな人が誰かわからないのに告白されて、迷惑でしたよね。しかも、我儘にも付き合わせて……。すみませんでした」


 棺の中で見た幻覚のせいで不安定になっていたとはいえ、無茶を言ってしまったと自省した。

 しかしユダは、それを持ち前の包容力で打ち消した。


「迷惑だなんて、全然思ってないよ。人から好意を伝えられるのは嬉しいことだし、きみが望むことをしてあげたいと思ってるのは本当だよ。私は、ヨハネくんにたくさん支えてもらってきたから、それを返したいんだ。きみが望む全てではないけど、今一緒にいるのは、今までの感謝の気持ちだよ」

「ユダ……」


 向けられる偽りのないユダの微笑みは、あの日と全く同じだった。自分が思いを捧げたい人物はわからないけれど、その優しさで胸が締め付けられそうになる。


「そんなこと言われたら、三角関係終わらなくなりますよ?」

「それは、ちょっと困るかもなぁ……。でも……。きみが一番ほしいものを、私はわからない。だから、きみの一番になれたとしても、それは本当の一番じゃないと思う」


 ユダは、ヨハネの好意を突き放すつもりで言ったのではない。

 夜が終わるのを待つ誰そ彼時の月には、いつか、次へ導いてくれる朝日が現れる。きっとその時出会う人が、思いを捧げたい本当に大切な人になる。その人をちゃんと見つけてほしいと、願って言った。


「本当の、一番……」


 ヨハネは、目を逸らしていた太陽を見上げた。でも、今はまだ眩しくて、揺れる水面に浮かぶ光が丁度よかった。




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