28話 揺らいだ告白
「……昔の知り合いと、ダブって見えたんです」
棺に触れても何も見えなかったユダは、聞ける限りでヨハネの話を聞くことにする。
「もしかして……。大切な人だったの?」
「はい。大切な人……でした」
過去形にしたのは、気持ちに自信がなかったからだった。
視線を落とすカップの水面が、脈の振動で少し波打っている。
「同じ高校の人で、僕の一つ上の先輩でした。一年生の時に、顔が好みで声を掛けられたのが最初でした。いわゆるナンパですね。でも僕も、絆されるように付き合い始めて。いろいろ誤解を生みやすい人ではあったんですけど、僕のことをいつもかわいがってくれました」
「そっか」
「だけど。あの頃の僕は、結構やきもち焼きで。それが原因でケンカをしては、彼が僕を宥めてくれて……。怒る時は口が悪くなってちょっと怖いけど、彼から怒ることは絶対になくて……」
(そうだ……。ケンカになる時は、必ず僕のやきもちがきっかけで。言い合いにはなるけど、レオは絶対に怒鳴ったりすることはなくて……)
ヨハネは鼻を啜った。
「僕は、子供だった。だからいつも、彼には負担を掛けて。甘えてばかりで。でも彼は、いつも、ずっと、僕を好きでいてくれて……」
(それなのに……。僕は。なんで今さら、それを……)
当時の自身の過ちを思い出し、ヨハネは涙を浮かべる。ユダは、丸くなる背中を無言で優しく擦った。
(僕が子供じゃなければ、あんなことになったレオのことも、ちゃんと……)
───迎えに来た
ヨハネの脳裏に、棺の中で再会した残酷な姿のレオが甦る。
(レオは、どんな思いだったんだろう。最後まで見送らず逃げ出した僕のことを、怒ってるんだろうな。白状者だと思ってるだろうな。裏切った僕を、恨んでるだろうな……。だから僕の前に、最後の姿で現れたのか。腕がなくなろうと、足がなくなろうと、姿が変わっても忘れるなって、伝えに来たんだ。次に進んだら、許さないって……。だけど、レオ。僕は……)
「ヨハネくん……」
一筋の涙を流すヨハネを、ユダは憂いの眼差しで見つめる。言葉を掛けてあげるべきかと考えるが、言葉を紡ぐのを迷った。
本当は、慰めの言葉くらいは掛けられる。けれどその言葉は、真にヨハネを救う言葉ではない。それは、ヨハネのトラウマが一欠片も見えなかったからではなかった。
例え、自分から欲しがっているとしても、胸がすくまでには至らないのではないかと思っていた。
その時。ドアが二回ノックされ、ペトロが顔を出した。
「ヨハネ。大丈夫か?」
「うん。ひとまずは」
「夕飯できたけど。どうする?」
様子見ついでに、ヨハネもいつものようにみんなで食べられるかを、訊きに来たようだ。
「どうしようかな」
ユダは何気なく立ち上がり、ヨハネの傍らから離れようとする。
温かい手が離れ、ヨハネはハッと顔を上げた。自分の側にいたのに元の場所に戻ってしまうのが、唐突に、とてつもなく惜しくなった。
だから、反射的にユダの腕を掴んだ。
「何?」
振り向いたユダの顔が、またレオとダブる。それでも、惜しく思うのと同時に湧き上がる感情が溢れ、とうとう口にする。
「好き……です」
声が震えた。緊張の震えか、動揺の震えかは、わからない。
「ずっと……ユダが、好きでした」
「ヨハネくん……」
「僕は、好きなはず……なんです……」
動揺の震えだった。念願の告白をしているはずなのに、大切にしてきた思いは、今にも崩れそうに大きく揺れていた。
それでもヨハネは、胸中を吐露する。
「ずっと言えなくて。言う勇気がなくて。でも。気持ちは本当のはずなのに、わからなくなるんです……。僕はいったい、誰が好きなのか」
(この気持ちは、ユダとレオ、どっちへの思いなのか)
その瞳に告白の緊張などはなく、酷く不安定さを浮かび上がらせていた。
ユダはヨハネを憂い、もう一度傍らに座って背中を擦り優しく声を掛ける。
「落ち着いて。大丈夫」
「だけど。自分の気持ちは、疑いたくないんです。次へ進むために、諦めたくないんです」
「うん」
「ユダがペトロを好きなのは、わかってます。だけど今は、今だけでいいので、一緒にいてくれませんか」
「ヨハネくん……」
「ユダに、側にいてほしいんです」
ユダの手を握り、ヨハネは涙目で懇願した。
何もかもが不安なこの恋が、怖かった。一人で向き合う勇気がなかった。だから、唯一頼りたいユダに、支えてほしかった。
ヨハネの告白を見てしまったペトロは、何も言えずに佇んでいた。




