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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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28話 揺らいだ告白



「……昔の知り合いと、ダブって見えたんです」


 棺に触れても何も見えなかったユダは、聞ける限りでヨハネの話を聞くことにする。


「もしかして……。大切な人だったの?」

「はい。大切な人……でした」


 過去形にしたのは、気持ちに自信がなかったからだった。

 視線を落とすカップの水面が、脈の振動で少し波打っている。


「同じ高校(リセ)の人で、僕の一つ上の先輩でした。一年生の時に、顔が好みで声を掛けられたのが最初でした。いわゆるナンパですね。でも僕も、絆されるように付き合い始めて。いろいろ誤解を生みやすい人ではあったんですけど、僕のことをいつもかわいがってくれました」

「そっか」

「だけど。あの頃の僕は、結構やきもち焼きで。それが原因でケンカをしては、彼が僕を宥めてくれて……。怒る時は口が悪くなってちょっと怖いけど、彼から怒ることは絶対になくて……」

(そうだ……。ケンカになる時は、必ず僕のやきもちがきっかけで。言い合いにはなるけど、レオは絶対に怒鳴ったりすることはなくて……)


 ヨハネは鼻を啜った。


「僕は、子供だった。だからいつも、彼には負担を掛けて。甘えてばかりで。でも彼は、いつも、ずっと、僕を好きでいてくれて……」

(それなのに……。僕は。なんで今さら、それを……)


 当時の自身の過ちを思い出し、ヨハネは涙を浮かべる。ユダは、丸くなる背中を無言で優しく擦った。


(僕が子供じゃなければ、あんなことになったレオのことも、ちゃんと……)


 ───迎えに来た


 ヨハネの脳裏に、棺の中で再会した残酷な姿のレオが甦る。


(レオは、どんな思いだったんだろう。最後まで見送らず逃げ出した僕のことを、怒ってるんだろうな。白状者だと思ってるだろうな。裏切った僕を、恨んでるだろうな……。だから僕の前に、最後の姿で現れたのか。腕がなくなろうと、足がなくなろうと、姿が変わっても忘れるなって、伝えに来たんだ。次に進んだら、許さないって……。だけど、レオ。僕は……)

「ヨハネくん……」


 一筋の涙を流すヨハネを、ユダは憂いの眼差しで見つめる。言葉を掛けてあげるべきかと考えるが、言葉を紡ぐのを迷った。

 本当は、慰めの言葉くらいは掛けられる。けれどその言葉は、真にヨハネを救う言葉ではない。それは、ヨハネのトラウマが一欠片も見えなかったからではなかった。

 例え、自分から欲しがっているとしても、胸がすくまでには至らないのではないかと思っていた。

 その時。ドアが二回ノックされ、ペトロが顔を出した。


「ヨハネ。大丈夫か?」

「うん。ひとまずは」

「夕飯できたけど。どうする?」


 様子見ついでに、ヨハネもいつものようにみんなで食べられるかを、訊きに来たようだ。


「どうしようかな」


 ユダは何気なく立ち上がり、ヨハネの傍らから離れようとする。

 温かい手が離れ、ヨハネはハッと顔を上げた。自分の側にいたのに元の場所に戻ってしまうのが、唐突に、とてつもなく惜しくなった。

 だから、反射的にユダの腕を掴んだ。


「何?」


 振り向いたユダの顔が、またレオとダブる。それでも、惜しく思うのと同時に湧き上がる感情が溢れ、とうとう口にする。


「好き……です」


 声が震えた。緊張の震えか、動揺の震えかは、わからない。


「ずっと……ユダが、好きでした」

「ヨハネくん……」

「僕は、好きなはず……なんです……」


 動揺の震えだった。念願の告白をしているはずなのに、大切にしてきた思いは、今にも崩れそうに大きく揺れていた。

 それでもヨハネは、胸中を吐露する。


「ずっと言えなくて。言う勇気がなくて。でも。気持ちは本当のはずなのに、わからなくなるんです……。僕はいったい、誰が好きなのか」

(この気持ちは、ユダとレオ、どっちへの思いなのか)


 その瞳に告白の緊張などはなく、酷く不安定さを浮かび上がらせていた。

 ユダはヨハネを憂い、もう一度傍らに座って背中を擦り優しく声を掛ける。


「落ち着いて。大丈夫」

「だけど。自分の気持ちは、疑いたくないんです。次へ進むために、諦めたくないんです」

「うん」

「ユダがペトロを好きなのは、わかってます。だけど今は、今だけでいいので、一緒にいてくれませんか」

「ヨハネくん……」

「ユダに、側にいてほしいんです」


 ユダの手を握り、ヨハネは涙目で懇願した。

 何もかもが不安なこの恋が、怖かった。一人で向き合う勇気がなかった。だから、唯一頼りたいユダに、支えてほしかった。

 ヨハネの告白を見てしまったペトロは、何も言えずに佇んでいた。




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