24話 不和助長
───暴力的で俺様気質。ウザ───
───仲間の危険も顧みない粗暴な人間が、仲間なんてな───
───家族を殺すなんて、人間じゃないだろ───
「くそっ。なんなんだよ、お前ら……! 降り注げ! 祝福の光雨!」
アミーに操られるヤコブは、躊躇なくユダたちに攻撃してきた。
「うそ!?」
「マジかよ!」
「防御!」
ユダが咄嗟に防御し、光の弾丸は透明な壁に着弾して散った。
「えっ!? ちょ……。どうなってんの!?」
初っ端から予想にしなかった展開になり、混乱するアンデレは防壁の展開をしそびれた。
「穿つ! 闇世への帰標!」
ヤコブは攻撃をやめず、三人はそれぞれ別方向へ逃げる。シモンは博物館の建物の上を走り、ペトロは街灯を雲梯のように伝って逃げ、ユダは道の両脇の建物の外壁を伝ってジグザグに回避する。
「貫け! 天の罰雷!」
雷を回避したシモンは、オフィスビルの屋上から地上に飛び降りる。
「ヤコブやめて!」
───お前が使徒なんて笑えるし。とっとと辞めちまえよ───
「うるせぇ!」
シモンの静止の声も届かず、攻撃の手を緩めないヤコブ。シモンは、攻撃されても反撃をためらう。
「シモンくらい見逃せよ!」
ペトロはどうにかして止めようと、威力を半減させた闇世への帰標でヤコブに取り憑くアミーを狙った。ところが。
「防御!」
ヤコブは攻撃からアミーを防御した。
「守るやつが違うだろ!」
反撃で街路樹が倒れてきて、ペトロは後退して避けた。
仲間相手に手も足も出ず逃げ回る使徒の様子に、アミーは満足げだ。
「喜んで貰えているようで、良かったよ。吾輩もやり甲斐が有る」
回避行動を続けながらユダは思考する。
(まるで、ヤコブくんの性質を知っているかのように、上手く取り憑いている。恐らく、最初の一手で“適正”を見極めたんだ。アミーが取り憑いている限り、ヤコブくんは攻撃して来る。なら、打開する方法は一つ)
「アンデレくん!」
「は、はいっ!」
混乱する事態にオドオドしていたアンデレは、急に呼ばれて背筋をしゃんとする。
「きみの力が必要だ! ヤコブくんを精神治癒してくれ!」
「わ……わかりました!」
アンデレは、ハーツヴンデの杖〈護済〉を具現化させた。
自分でもわかるほどに、人生稀に見る緊張をしていた。普通の悪魔とは違う戦闘の空気にここまで圧されるとは思っておらず、正直、少し甘く見ていた。
だが、逃げ出したいという使徒に相応しくない考えは、捨てる覚悟はできた。自分が願うこと、成し遂げたいことを見つけたのだ。それがここにあるのなら、半歩も引くことは考えない。
アンデレは二度意識して呼吸し、三度目は深呼吸して、杖を握る手に力を入れた。
(よしっ。おれならやれる!)
「心を癒せ 心魂は不可侵、黒雲は沈降に非ず。祝福を受けよ!」
唱えると、〈護済〉の球体が白く光り出した。するとヤコブは、発光する半透明の球体に包まれる。
「これは……!?」
アミーは、危険を察知してヤコブから離れた。
取り憑いていたアミーが離れ、精神治癒の完了で球体が消えるとともに、ヤコブは自我を取り戻した。
「あ。あれ? 俺、何やってんだ」
「ヤコブ!」
「ヤコブ、元に戻った?」
「大成功だ、アンデレ!」
ペトロはサムズアップして、アンデレの成功を褒めた。
「何なんだ今のは! 使徒にそんな力が有るなんて、聞いていないよ!」
「うちの期待の新人だよ」
「オレたちは、攻撃だけが能じゃないってことだ」
「まぁ。特別に許してあげるよ。回復能力が無いと、対等に戦えないだろうからね!」
アミーは上空へ飛び、再び使徒を幻聴で混乱させようとする。
「穿つ! 闇世への帰標!」
「貫く! 天の罰雷!」
そうはさせまいと、シモンとペトロが攻撃して妨害する。光線と雷を回避したアミーは、看板の上に降り立とうとした。
「噴出せ! 赫灼の浄泉!」
「くっ!」
そこへユダから攻撃が放たれ、下から吹き上がる光の泉をギリギリで避ける。
「射貫く! 泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
「切裂く! 朽ちぬ一念、玉屑の闇!」
間髪を入れずシモンがハーツヴンデ〈恐怯〉で光の矢を放ち、〈誓志〉を具現化させたペトロも斬撃を繰り出す。アミーはマントを翼のように翻し、十数本の矢と斬撃を回避する。
「アンデレくん! 棺に捕われたヨハネくんにも、精神治癒を!」
「はいっ!」
アンデレは攻撃に当たらないよう遠回りし、ヨハネが閉じ込められる茨の棺に接近する。
「何をする積もりかな!?」
それを見過ごさないアミーは、ユダたちの攻撃を回避しながらアンデレに青い炎を放つ。
「ひえっ!?」
迫る青い炎にビビるアンデレだが、使徒の運動能力で難なく回避して棺に近付くことができた。
死徒の能力『棺』は、囚えた者にトラウマを再び体験させて戦闘意欲を奪い、罪悪感で支配させ、自らの意志で使徒の資格を放棄させると、ユダから事前に教えられた。
いざ棺を前にしたアンデレ。だが、急に躊躇してしまう。
「この中で、ヨハネさんが一人で戦ってるのか……」
(使徒はみんな、トラウマを抱えてる。ヨハネさんも……。おれの治癒の力、本当に通用するのかな。ただでさえ棺は外からの干渉を受け難いらしいのに、ヨハネさんのトラウマを知らないのに、ちゃんと……)
大体のことは、直感や本能で行動するアンデレだが、本当に自分の力を信じていいのかと不安に駆られる。
「アンデレ!」
その時アンデレに、背後から青い炎が再び迫っていた。しかし、振り向いた瞬間にペトロが防御してくれた。
「ヨハネを助けるには、少しでも道が必要だ。だから頼む!」
「……わかった!」
(ごちゃごちゃ考えない! おれができることを、やるだけだ!)
アンデレはもう一度、自分がここにいる理由を胸の中で確認する。そして〈護済〉を棺に近付けた。
「心を癒せ 心魂は不可侵、黒雲は沈降に非ず。祝福を受けよ!」
〈護済〉の玉が白光を放ち、内部への干渉を始めた。
(ヨハネさんが、どんな罪悪感を抱いてるかなんてわからない。だけど、何か少しでも力になるなら。一筋でも道を作れるなら!)




