23話 幻聴
「僕は本気だったのに。不公平だ」
「そうよね。愛する人には、自分の事だけ見て欲しいわよねー……。でもアタシ。貴方みたいな人の方が許せないわ」
「なんで僕が」
「だってほら。見て御覧なさいよ」
校舎も周りの風景もなくなり暗闇だけになった空間に、プロジェクターで投影されるように画面が現れ、ニュース速報が流れる。
「本日発の航空機にて、ハイジャック事件が起きた模様です。犯行声明が出されており、✕✕✕系組織の犯行と思われます」
「あっ!」
(レオが乗ってる飛行機!)
海外留学へ行くレオが乗っている飛行機だと気付き、ヨハネは画面に釘付けになる。
画面は、大西洋上から撮影した最新映像に切り替わり、黒煙と炎を上げて白鼠の空から紺碧の海へと落下していく航空機が映った。
落下する航空機は、海に衝突する前に大爆発した。機体の破片や、肉眼では確認できない小さなものが、バラバラと海に散っていった。
「レオ……!」
「あら。あれに彼が乗っていたのね」
「そんな……。嘘だ!」
かつての恋人の最後の瞬間を目にしたヨハネは、目を潤ませ、胸が張り裂けそうになり、彼との思い出が走馬灯のように駆け巡った。
その時だった。
「俺はここだぞ」
後ろから聞こえたその声に、ヨハネはまさかと振り返る。そこには、二度と会えないと思っていたレオがいた。
「レオ!」
ヨハネは嬉しさのあまりにすぐに駆け寄り、涙目で抱き付いた。
「よかった、レオ! 無事だったんだね! あの飛行機に乗ってると思って、僕、もうダメだと……」
あの悲報は夢だったんだと酷く安堵し、ヨハネは希望を見出せそうだった。
ところが。
「乗ってたよ。俺も」
「えっ? でも。だって、こうして無事に……」
顔も身体もきれいなレオだった。だが、ヨハネが掴んでいた左腕が突然黒ずみ、肘からボロッと取れて落ちた。
「……え?」
焼けたマネキンの腕でも落ちたのかと、ヨハネは呆然と見る。
すると、左足も右腕も黒ずんで身体から分離した。服は焼け焦げ、チョコレート色の髪も縮んで短くなり、肌のほとんどが焼けただれ、見るも無残な姿となった。
「……っ!」
ヨハネは衝撃で血の気を引かせた。不快さで腹から上がりそうなものを抑えようと手で口を塞ぎ、恐ろしさで後退りする。
「迎えに来た。ヨハネ」
「さあ。吾輩達も始めようか」
アミーは羽織る白いマントを翼のように羽ばたかせ、建物の高さまで上昇して行く。
「アンデレ。治癒できるお前が倒れると困るから、後方待機だ。絶対に無茶するなよ!?」
「わかった!」
いよいよ戦闘が始まると、ペトロはアンデレを後方に下がらせた。
「君達の絆の強さを、試させて貰おう!」
アミーは、空いている方の手に灰色の物体を手にした。
生首だ。人間のものか悪魔のものかは判別できないが、頭部だけのそれをボールを持つように掌に乗せている。
生首だから死んでいるはずだった。だがその生首は、生きているかのように口を開け発声した。
「∅∅∅……@@@@@ッ!」
声は声とも取れない超高音で、つんざくような音に一同は耳を塞ぐ。
「何だこの声!?」
「声っていうか、超音波みたい!」
超音波は数秒後、すぐに収縮していった。ユダたちは大した影響は残らなかったが、余韻が残るヤコブの耳に誰かの声が聞こえてくる。
───チキンはお前だろ───
余韻の中で何人かの声が混ざった声でそう聞こえ、ペトロたちの方を振り向いた。
「お前ら、何か言ったか?」
「何も言ってないよ?」
「……そうか」
空耳かとやり過ごそうとした。ところが、その声はまた聞こえてきた。
───繕った外見で、いい自分に見られたがってるだけの野郎が───
今度は言葉をはっきり捉えたヤコブは、眉をひそめてまた振り向き、ユダたちに問い質す。
「やっぱりお前ら、何か言っただろ」
「だから、何も言ってないって」
「俺には聞こえたぞ。ペトロか? ユダか? まさか、シモンじゃないよな!?」
「何言ってるの、ヤコブ」
「ヤコブくん、突然どうしたの」
「誰だよ! 言いたいことがあるなら、はっきり言えよ!」
ユダたちは何も言っていないと言うのに、ヤコブは猜疑心を抱いて敵を見るような眼差しを向け始める。
突然様子がおかしくなったヤコブに、戸惑う三人。しかし、ヤコブに聞こえている声が、シモンたちにも聞こえ始める。
───いい子振るんじゃねぇよ───
「え?」
聞こえたシモンは、ペトロやユダを見た。
───ガキのくせに出しゃばりやがって。憎たらしいんだよ───
シモンは僅かに動揺を浮かばせ、片耳を塞ぐ。自身の外からも内側からも聞こえるようだが、ヤコブのようにはっきりとはしておらず、ノイズが混ざった声が響く。
「この声、何? みんなの声?」
「シモン?」
同じように、ペトロにもアンデレにも聞こえて来る。
───順風満帆でいいよなぁ。幸せそうでクソむかつくんだよ───
───なんにも背負ってないやつに、何がわかるんだ───
「なんだ?」
「変な声がする?」
「ペトロ? アンデレくん?」
───なんで、そんなに普通に生きていられるんだ。その神経、異常じゃねぇの───
ユダにも同様に聞こえ、片耳を覆う。
(なんだ、この声は。みんなの声にも聞こえるようで、自分の声にも聞こえる。でも、誰もしゃべってない)
───よくも素知らぬ顔でいられるよな。早く目を覚ませよ───
(幻聴?)
「……そうか。きみの能力だね」
ユダは、宙に浮くアミーを見上げる。術を見破られたアミーは、余裕の心持ちでパチパチと手を叩いた。
「御明答! 吾輩の不和助長の能力だよ。吾輩は、懐疑を撒くのが得意なんだ」
「非常に迷惑な能力だね」
「褒めてくれて嬉しいよ。それじゃあ、もっと喜んで貰おうかな」
降下したアミーは、狙いを定めたヤコブの背後に取り憑き、囁く。
「吾輩は君の守護精霊だ。君の味方になり、君の絶対的な敵を現然にする」
アミーは、ヤコブを催眠状態に陥らせる。ヤコブは簡単に術中に陥り、聞こえる幻聴は本物となって彼の気性を刺激する。




