16話 悪魔は入店お断り
「来るぞ!」
シモンはすぐさま店内に駆け込み、スタッフや客たちに警告して避難を促した。店員はエプロンのまま、客たちは荷物を置きっぱなしで、慌てて店を離れて行く。
「守護領域を展開すれば、一般人は自動的に領域外に移動するんじゃないのか?」
「距離が近過ぎると、巻き込まれる可能性が高いんだよ」
男性の彼女にも避難を促し、彼女は彼氏を気に掛けながら走って離れて行くのを確認し、守護領域が展開された。
「ゔぅ……。オ"$&ゥµッ!」
カフェの前の開けた場所を中心に守護領域を展開したと同時に、男性の中から悪魔が出現した。
「そろそろ夕方か。メシの時間もあるし、とっとと帰りてぇな」
「ユダとヨハネは待つのか?」
「オレらで片付けるって、メッセージ送っといた。お前も慣れたし、大丈夫だろ」
「∅オψ¿ゥッ!」今回は、自身の影を操るタイプの悪魔のようだ。地中を蠢く巨大な黒い蛇のような影が、三人を目掛けて疾走して来る。
ペトロたちは、影が自分たちに到達する直前にその場から下がる。だが直後に、影から大きな棘が突き出し、身を翻して回避した。
「俺が深層潜入行って来るから、二人とも頼む!」
「わかった!」
《潜入!》
ヤコブは倒れた男性の深層に潜り込み、悪魔の相手はペトロとシモンに任せられた。
「⊅レη……ワ¿£カ……!」
「降り注げ! 祝福の光雨!」
「グ§ァ¢……!」
シモンから光の弾丸を食らうも、深層潜入を始めたばかりの悪魔には大したダメージではない。
悪魔は、影をウネウネとくねらせながら地を這わせ、逃げる二人を追い掛ける。ペトロは地面から離れ、店舗上の居住エリアの壁伝いに逃げても、建物と地面が繋がっているため、登って来て串刺しにしようとする。
「貫け! 天の罰雷!」
棘を回避して壁からジャンプしたペトロは、宙空から雷を落とした。「グ∂σ∀ッ!」悪魔は直撃を受ける。それでも怯まず影は追い、今度は地上から反撃されるが、上着を掠めそうになりながらなんとかかわして着地した。
「ペトロ。もしかして、サーカスにいた?」
「そんなわけないだろ」
戦闘しながら観察していると、この悪魔はどうやら、影を操るあいだ地上からは動けないようだ。
敵の行動範囲は限られると考えた二人は、前後に挟んで攻撃する戦法を取った。しかし、前後同時に反撃され、二人は跳躍して回避した。
「くっ……!」
執拗に追い掛けて来る影から逃れるために、開けた敷地を二人は縦横無尽に駆け回りながら攻撃を続ける。シモンは、カフェに隣接する博物館の屋根に軽快に飛び乗ったり、壁を走り、パルクールのように身軽な身体を活かして攻撃をかわしていく。
「シモンこそ、先祖がニンジャだったんじゃないか?」
「ニッポンにルーツがあったら、そうかもね!」
身動きが取れない悪魔は、二人からの攻撃を受け続け身体が欠けていく。次第に影の動きも鈍くなっていった。
そうした戦いを続けて数分。深層に潜入していたヤコブが帰還した。
「二人とも行け!」
ヤコブの合図で、ペトロとシモンはハーツヴンデを具現化する。
「心具象出──── 〈誓志〉!」
「〈恐怯〉!」
ペトロは剣の〈誓志〉を、そしてシモンは弓矢の〈恐怯〉を手にした。
「はあっ!」
ペトロが、憑依された男性と悪魔を繋ぐ鎖を断ち切る。そしてシモンは弦を引き、現れた光の矢で狙いを定める。
「濁りし魂に、安寧を!」
直線を描いて放たれた光の矢は悪魔を貫き、祓魔は完了した。
そのあと。恒例の感謝タイムがあり、カフェの店長からのサービスを丁重に断り、帰宅の途に着いた。
「ヤコブ。さっきの人、原因は何だったの?」
「ついこの前まで海外出張してたっぽいんだけど、そこで巻き込まれたらしい。ニュースでもやってたやつだ」
「そうなんだ……」
男性のトラウマの原因を聞いたシモンは、少し憂いの表情を浮かべた。ヤコブはその頭をポンポンと撫でて微笑み掛けると、シモンもにこっと微笑み返した。
その様子を後ろから見ていたペトロは、二人に訊いた。
「二人って、めちゃくちゃ仲良いよな。仲間とか親友じゃなくて、それとは別の雰囲気っていうか。〈バンデ〉だからか?」
その疑問に答えようと振り向いたヤコブは、シモンの肩を抱いた。
「〈バンデ〉でもあるけど」
「だってボクたち、ラブラブだから」
「ラブラブって……。えっ? 付き合ってんの!?」
なんと〈バンデ〉の二人は、交際中だった。付き合い始めてからもう半年ほど経ち、肩を抱かれるシモンも恥ずかしがる様子はない。
「やけに仲良いなとは思ってたけど、そうなんだ……」
「びっくりしたよね」
「年の差だからって、変な目で見んなよ? 常識の範囲内で付き合ってるからな」
「そんな目では見ないけど。ユダとヨハネは知ってるのか?」
「知ってるよ」
「だから、事務所公認だぜ」
しかし。だからと言って、外でのイチャイチャは控えていると言う。使徒で顔バレしている上に広告の仕事もしているから、方々に迷惑を掛けないよう配慮しているのだ。
「お前はどうなんだよ。そっち方面」
「え?」
「環境が新しくなって、新しい出会いもあって、恋の予感とかあったりしないのか?」
この流れで、ヨハネのためにユダとの関係を探ってやろうと、ヤコブはさりげなく訊いた。
「別に。何もないよ」
「本当か? 誰かにアプローチされたり、ちょっとドキドキするシチュエーションになったりしてないのかよ?」
「今のところ、そういう展開になりそうなことはないかな」
そういうことは望んでいないかのように、ペトロは言った。ヨハネのための諜報活動だが、ワクワクする展開がなくてヤコブはちょっとがっかりする。
「なんだ。ないのかよ」
「何か期待してた?」
「だってその外見だから、言い寄られたりしてるのかと思って」
「期待外れで残念だったな。オレも今は、使徒の役目を果たすことが一番大事だから」
どうやら色恋沙汰は必要なく、今は使徒の使命一筋のようだ。
ヤコブはシモンと視線を合わせる。同じくヨハネの恋応援部隊のシモンは、さらなる後押しの頷きを返した。
(よかったな、ヨハネ。まだチャンスはあるぞ!)
望みはまだ捨てられていないと、ヨハネを応援するヤコブにも薪が焚べられる。その気合のおかげで、ヨハネの尻は真っ赤になるくらい叩かれそうだ。




