21話 昔日に囚われ
気配を辿り到着したのは、この街を象徴するスポットの一つである、チェックポイント・チャーリー。周囲には博物館が多数点在し、観光客が非常に多い区域だ。
二人が着くのと同時にヤコブとシモンも到着し、ビルの屋上で合流した。
「ヨハネ。アンデレも連れて来たの?」
「偶然会ったんだよ」
「アンデレ。来たからには、途中で逃げるのは許さねぇからな」
「が……頑張る」
死徒の禍々しい気に当てられて、気合いも入らないアンデレ。この空気に慣れない今は、アンデレらしさ出力30%だ。
すると、ヨハネたちと同じ高度で女性らしき声が聞こえてきた。
「あら〜? 噂の可愛子ちゃん達じゃないの」
声がした対角線上の建物の屋上に注目すると、長い黒髪を靡かせた黒装束の死徒の姿があった。
「出やがったな!」
「やだ。幽霊みたいに言わないでよ。アタシには一応、『嫉妬のマティア』って名前が有るんだから」
「似たようなもんじゃねぇか」
「失礼しちゃうわ。これからお楽しみタイムにしようと思ったのに、タイミング最悪で遭遇しちゃうし」
「お楽しみ?」
「こう言う事よ」
マティアは、道路の真ん中に立っている兵士の看板の上に降り立った。
突然現れた謎の黒髪美女に、周囲はざわつく。地元民は危険を察知して即座に逃げたが、何も知らない観光客は、パフォーマンスか何かと勘違いして写真や動画を撮り始めた。
「呑気だ事。貴方達の中のヘドロで、溺れちゃいなさい」
黄色い双眸で人々を一瞥したマティアは、髪をかきあげて抜いた毛をランダムに彼らの影に刺した。
すると、髪の毛が刺さった影はヘドロとなり、人々に襲い掛かろうとする。
「なんだあれ!」
「やめろ!」
「〈恐怯〉! 射貫く! 泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
シモンは瞬時に〈恐怯〉を出現させ、十数本の光の矢を放ち、人々を襲うヘドロを消滅させた。
「ちょっと! 何よ其れ!」
「ヤコブたちは、一般人を避難させて!」
何が起きたのか理解できないが、恐ろしいものだと直感で理解した人々は悲鳴を上げ、大混乱しながら逃げ惑う。
マティアは逃げる人々をまた弄ぼうとするが、シモンが再び矢を放って阻止する。そのあいだにヨハネたちは迅速に人々を避難させる。
そこへ、遅れてユダとペトロも到着した。
「シモンくん!」
「この混乱は何事だよ!?」
「守護領域もテリトリーも展開してないのに、一般人を巻き込もうとしてる!」
「はあ!? 何考えてんだよ!」
「非常識この上ないね。厳重注意しておかないと」
ユダは建物の屋上からスマートに地上へと降り、マティアと笑みを向き合わせ一人で相対する。
「あら。可愛子ちゃんが増えたのね」
「次から次へと刺客を送って来るのは構わないんだけど、最低限のマナーは知っておいてほしいな」
「御免なさい。元々人間だったって言っても、此の世界ごと大嫌いだから」
「ああ。そうだったね。でもだからって、私たちの前で好き勝手は許せないな」
「アタシが、貴方達のルールに従う理由は……」
ユダと対話していたマティアだが、何かを察知してパッと上空を見上げた。
「はあっ!」
「!?」
ハーツヴンデ〈誓志〉を手にしたペトロが、マティア目掛けて急降下して来た。だが、マティアの瞬発力の方が早く、ペトロの剣は看板を通過してコンクリートを突くだけに終わった。
地面に着地したマティアは、むくれながら髪をかきあげる。
「可愛子ちゃん達だと思ったのに、全然可愛く無いわね」
「それで結構だ。かわいいは散々言われて、うんざりしてるから」
「ペトロには、もう二度と言わないであげて」
「マティア。何を鈍鈍している」
もう一人の声がした。見上げると、建物の上からマタイが地上を見下ろしていた。
「あいつ……!」
「二つ目の気配は、怨嗟のマタイだったのか」
フィリポとの初戦以来の遭遇だった。死徒二人を同時に相手をしたことがない一同は、怯む気持ちを敵愾心で抑え込み、緊張感を走らせる。初対面のアンデレは威圧感を僅かに感じるだけでも身の毛がよだち、遁走したくなった。
「お前が呑気にしている間に、相手のテリトリーになってしまっているぞ」
避難具合を見て、シモンが守護領域を展開し終えていた。
「分かってるわよ。見学は野次を飛ばさないで頂戴」
マティアは統括に口を尖らせて言う。
「やつは戦わないのか」
「無視してくれて良いわよ。貴方達の相手は、アタシがしてあげるから」
避難誘導を終えたヨハネたちも集合すると、ペトロはアンデレもいることに気付いた。
「アンデレ。お前も来たのか!?」
「当たり前だろ。おれが来なきゃ、みんな困るだろうし!」
この数分で死徒の気に慣れてきたアンデレも敵愾心を奮起させ、本調子を取り戻してきたようだ。
しかし、さすがに死徒戦はまだ参加しないだろうと思っていたペトロは、引き返させようとする。
「今回はやめた方がいい。お前が想像してない戦闘になるんだぞ」
「それはこの気配だけでわかるよ。でも帰らない。使徒の根性で絶対逃げない!」
「アンデレ……」
拳を握り覚悟の面持ちのアンデレは、与えられた役割を果たしたいと言うが、ペトロはその思いを素直に汲んでやれない。
そんなペトロの肩に、ユダは手を置いた。
「こういう時こそ、アンデレくんがいてくれると助かるよ。サポートよろしくね」
「はいっ!」
頼られたアンデレは、恐れを払拭するように元気よく返事した。
ユダは、ペトロに一つ頷く。アンデレのことが心配でならないペトロだが、その気持ちを完全拒否することもできず、親友を信じようと頷き返した。
「それじゃあ。アタシのゴエティアちゃんも紹介するわね」
マティアの掌に紋章が光り、同じ模様が紫色の光を放って地面にも現れる。
「出てらっしゃい」
マティアが喚ぶと紋章から青い炎が激しく燃え上がり、その中からゴエティアが現れた。
炎を蓄えた槍を持ち、黒いスーツに白いマントを肩掛けし、白と黒の髪色をした見目のいい容姿の悪魔だ。
「此れが、アタシのアミーちゃんよ」
「漸く吾輩の出番かい。お嬢」
「待たせちゃって御免ね~。存分にやってくれちゃって良いから」
「分かった」
「アタシはー。あの子を指名するわ」
マティアは、使徒の中からヨハネを指差した。
《因蒙の棺!》
すると、ヨハネの周りに黒く太い棘が次々に生え取り囲んでいく。
「ヨハネ!」
「くそっ!」
「駄目。逃さないわよ」
逃げる隙きを見つける間もなくババババッ! と一瞬で多くの棘が生え、茨の棺に囚われたヨハネの姿は見えなくなった。
「さあ。本当のお楽しみの時間ね」
マティアは紫色の唇をひと舐めして黄色い双眸を細め、妖艶な笑みを浮かべた。




