17話 アンデレ初活躍
「終わらせたのは自分がきっかけだって、痛いほどわかってる。愚かだったから、起きてしまったことも……。でも。だからこそ、ちゃんと区切りを付けなきゃいけないんです。わかっているから、次へ向かわなきゃならないんです」
「自分のせいで、彼の運命が変わったんだとしても?」
その言葉に、ヨハネは動揺を見せる。
「別れなければ、彼の運命は変わらなかった……。別れたから、彼の運命が変わったんだ……」
「…………」
ヨハネは言葉に詰まる。男性の感情に同調し過ぎ、抱いている感情がどっちのものか区別が付かなくなりそうになる。
しかし、どうにか自我を維持し、言葉を絞り出す。
「自分のせいで彼の運命が変わってしまったなんて、誰にもわかりません。あなたの罪悪感が、そう思い込ませているだけかもしれない。だから、あなたのせいじゃない。彼を喪ったのは、あなたの過ちが原因じゃない」
「自分は……悪くない?」
「きっとあなたは、罪悪感を抱くことで、未だ忘れられない彼への謝罪と思いを証明し続けている。でもそれじゃあ、あなたは苦しみから解放されない。だから、今いる場所から一歩進むんです」
「進む……。そんなこと……」
「大丈夫です。恐れることはありません。きっと彼も、あなたが次へ進むことを願っています」
「本当に……?」
「ええ」
(そう望んでいるのは、僕自身だ)
自分と重ね、心が引っ張られそうになりつつも、ヨハネは男性の側で膝を突いた。
「あなたが抱えているその痛みは、罪悪感と心中するための痛みじゃありません。その痛みを知っているなら、きっと次は大丈夫です」
その頃。悪魔と戦闘中のヤコブとシモンの元に、店のユニフォーム姿のアンデレが汗を流しながら到着した。
「やっぱり、もう始まってる!」
「来たな、新米!」
「二人だけ?」
「ヨハネは深層潜入中」
「おれは、何したらいい?」
「アンデレは戦闘能力ないから、ひとまずハーツヴンデ出して待機してて」
「わかった!」
防御と治癒専門だと判明した際にハーツヴンデを出せるのかも試して、具現化にも成功している。実践はこれが初めてだ。
(ちゃんと出せるかな)
「えっと……。 心具象出───〈護済〉!」
突き出した手に光が集まり、細長い形になっていく。そして、杖のハーツヴンデ〈護済〉が具現化された。
「出た! ヤコブ、シモン! おれのハーツヴンデ、上手く出せたよー!」
「おめでと!」
「ガキじゃねぇんだから、そんくらいではしゃぐな!」
「おれとこの感動分かち合ってよー!」
「状況見て言え、状況を!」
ヤコブとシモンは悪魔に追い掛けられていて、それどころではない。道幅は広いが、橋の上で対峙している二人に逃げ場はない。運悪く川に落ちても、アンデレの杖に乾燥機能はない。
後方待機を指示されたアンデレは、万が一のために戦況を見守るが。
「……ていうか。おれの出番なくない?」
(ヤコブもシモンも戦い慣れてるから、全然怪我してないし、防御も必要なさそうだなー)
多少、手子摺ってはいるようだが、苦戦はしていない。ヨハネがうまくやってくれれば、長引くこともないはずだ。
やることがないアンデレは、深層潜入中のヨハネの方を見た。ヨハネは地面に座り込んで、男性の肩に手を置き屈んでいる。
知らない人の深層に潜るとはどういう感覚なんだろう……と、ぼんやり見ていると。ヨハネが、ハッと身体を起こした。
「二人とも! ヨハネさんが起きた!」
ヤコブとシモンはそれぞれのハーツヴンデを出し、ヤコブが鎖を断ち切り、シモンが悪魔を矢で射貫いて祓魔し、戦闘は終わった。
「出番がなくて残念だったな、アンデレ」
「なんとか説得して、抜け出して来たのにー」
ハーツヴンデも出せたのにー、と活躍の場面がなかったアンデレはがっかりして肩を落とす。
「ヨハネ。大丈夫?」
シモンの声で二人は振り向いた。立ち上がってはいるが、ヨハネは具合が悪そうに街路樹に寄り掛かっていた。
「ああ……。ちょっと相互干渉し過ぎた」
「お。丁度いいじゃん。アンデレ、仕事だ」
「このくらい大丈夫だって」
アンデレの出番だが、ヨハネは精神治癒を拒んだ。しかし活躍したいアンデレは、挙手して主張する。
「やらせて下さい! せっかく来たのに何もしてないから、やった感を感じたいです!」
「やった感て……」
「なんのために、アンデレがいると思ってんだよ。治癒やってもらえ」
ヤコブの隣で、シモンはうんうんと頷く。アンデレも、目を輝かせて大きく頷く。
そのやる気に満ちた目を見てしまったヨハネは、断りづらくなった。
「……じゃあ。頼めるか」
「やってみます! 上手くできなかったらごめんなさい!」
自信がありそうなのに保険を掛けるアンデレに、ヨハネはフッと笑みを溢した。
少し緊張の面持ちのアンデレはヨハネに〈護済〉を近付け、深呼吸をしてから詠唱する。
「心を癒せ 心魂は不可侵、黒雲は沈降に非ず。祝福を受けよ!」
唱えると、杖の丸い部分が白光を放った。その、ほのかに温かく感じる光を浴びていると、ヨハネの顔色がよくなっていった。
初めて治癒を施したアンデレは、不安そうに窺う。
「どうです?」
「うん。よくなった」
「成功っすか?」
「成功」
「やったー! 初めてのやった感だー!」
アンデレは、両手を上げて初めての成果に喜んだ。
「よかったね」
「これでお前も、使徒の一員だな」
「はいっ! 不束か者ですが、よろしくお願いしますっ!」
「不束か者じゃなくて、未熟者だろ」
守護領域が解除されると、一部始終を見ていた一般人が、アンデレの仲間入りを歓迎して激励の雨あられを降らせた。
こうしてアンデレは、正式に使徒の仲間となった。




