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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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14話 シナモンロール



 休日。掃除が終わったヨハネとヤコブとシモンは、心地よい風が通り抜けるリビングルームでティータイムをしている。


「まさかアンデレが、治癒と防御に特化した能力だなんて思わなかった」

「攻撃能力がないなんて、想像もしなかったね」

「でも。防御と治癒専門がいてくれるなら、俺たちも攻撃に集中できるな。一石二鳥で、なんか得した気分だな」


 今日のカフェラテのお供は、ヨハネがジョギング帰りに立ち寄ったベーカリーで購入したシナモンロールだ。温め直したので、シナモンとアイシングの甘い香りがほのかに漂う。


「二人は、シモンの母親のところに行って来たんだろ。どうだった?」

「お母さん、元気だったよ。最近は叔母さんのお店を手伝ってるんだけど、お客さんと話すの楽しいって言ってた」

「よかったな。シモンも、久し振りに会えて嬉しかったんじゃないか?」

「うん。お母さんに、もっと頻繁に会いに来てって言われちゃった」


 離れて暮らす母親と毎日のように電話で話しているシモンだが、使徒としての活動が活発化してからは、なかなか会いに行けていなかった。

 夏休みなので本当は数日泊まってもよかったのだが、本分を優先して日帰りにした。ヨハネたちは大丈夫だと言ったのだが、甘えられないからと断ったのだ。


「ていうか、お前。俺を紹介するの早過ぎだからな」

「紹介って。ヤコブのこと彼氏だって言ったのか?」

「ううん。言いたかったんだけど、ヤコブに止められちゃった。でも、超仲良くしてる感じは見せといたよ」

「おかげで、息子を誑かさないか疑いの目を向けられたけどな」


 シモンの話によると母親は穏やかな性格らしいが、恋人の親に紹介されるという試練の初級編を早くも体験したヤコブは、若干ビビらされたようだ。


「シモンて案外、積極的だよな」


 まだ十五の息子から彼氏を紹介されたらどう思うのだろうと、ヨハネは顔も知らないシモンの母親に同情してしまった。

 しかし本当は、同情してほしいのはヨハネの方だ。頬杖を突いて溜め息をついた。


「いいな二人は。順調そうで」

「羨んでる場合か? 告白のリベンジ、どうするんだよ」

「ヨハネがやる気なら、ボクたちでまたセッティングするよ?」


 最初で最後の告白を全力サポートするつもりのヤコブとシモンは、不完全燃焼でまだ諦めていなかった。ところが。


「……ちょっと、考えさせて」


 ヨハネは、僅かに憂慮を浮かばせる。

 告白をしようとした時、ユダの顔に別の人物の顔がダブって見え、自分が言うべき言葉を見失ってしまった。その日からまた自信がなくなり、告白することに消極的になりつつあった。




 今日のユダとペトロは、デートを満喫中だ。

 未だに身バレが恥ずかしいペトロは、髪を縛り、キャップを被って伊達メガネを付けている。それで誤魔化せているのか、今のところは声を掛けられてはいない。

 トリックアートミュージアムで面白写真を撮ったり、ショッピングモールでお互いの洋服を選んだりいろいろ回ったあと、有名チョコレートブランドの直営店に立ち寄った。店頭には、イメージキャラクターのシモンのポスターが貼られている。


「おお。チョコの甘い香りがすごいな!」


 店内は、見渡す限りのチョコレート。数え切れない種類が揃えられていて、色とりどりのパッケージを積み上げたデザインのカラフルな巨大なオブジェが目を引く。

 ここは商品の販売だけでなく、ナッツやフレークの中からトッピングを選んで自分好みのタブレットを注文できたり、自分で作れるワークショップもある。チョコレート好きには堪らない、チョコレートテーマパークのような店だ。

 ここでも買い物をした二人は、帰る前に一階にあるカフェでひと休みした。チョコレートアイスを食べるペトロの横で、ユダはなんだか機嫌がよさげだ。


「昨日からすごい機嫌いいな」

「そりゃあそうだよ。スキンケア商品のCMが放映されて、ペトロの注目度がまた上がってるんだから」


 先日から、ペトロがイメージキャラクターを務めるスキンケア商品のCMが、テレビなどで放映され始めた。すると、その日からネットでは、「誰だこの美女!? 美男!?」「儚美(はかなうつく)しい!」「この人になりたい」「使徒のペトロ氏のポテンシャルが広過ぎる」など、早くも話題を集めていた。


「最初の炭酸水の広告とは、また違う雰囲気になったね。あのペトロを表現するのに『儚美しい』って、ドンピシャだよね」

「またこんなに注目されて、恥ずかしいよ」


 ペトロは少しでも顔が隠れるように、帽子のつばの角度を下げた。その仕草が、いつまでも初々しく思えて愛しいユダ。


「早く慣れないとね」

「もう少し掛かるかな……。ていうか。ヤコブの方も、新しいオファー来たんだろ?」


 そう。アレンたちのバンド、「BY YOUR(バイユア) SIDE BOYS(サイドボーイズ)」の新曲MVが公開されてしばらくすると、ヤコブにも新たに仕事が舞い込んだのだ。


「そっちもちゃんと喜んでやれよ」

「喜んでるよ。ペトロの百分の一くらいに」

「ヤコブがそれ聞いたら、歯食いしばって泣きそうだな」


 面倒な勝負事はもう勘弁してほしいと、ペトロは思う。




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