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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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13話 予想外の能力



 と、ショックを与えてみたので今度はどうかと再び試してみたが、それでもアンデレは力を出すことはできなかった。防御もできなかったので、二人はなんとなく予想はしていた。


「なんも出ない……」


 元気をなくしたアンデレは、自分の掌を見つめて肩を落とす。そんな親友をペトロは励ました。


「落ち込むなよ。もしかしたら、何かの間違いだったのかもな」

「間違い……」


 ペトロがそう言うと、アンデレの顔はショックを受けて悲しむような面持ちに変わり、その胸の内を吐露した。


「おれ、悔しい。使徒かもしれないって言われた時はちょっと訳わかんなかったけど、尊敬する人の仲間になれると思ったら、嬉しさもあったんだ。今まで普通の人生歩いてきて、ペトロみたいに辛い経験もないけど、誰かを助ける力をもらえたんなら、おれも一緒にやりたいって思ったんだ」


 自分に起きていることの重大さを軽く受け止めているように見えて、アンデレはしっかりとその役割を果たそうと既に決意を固めていた。

 親友のその気持ちは、本当は嬉しいものだった。しかしペトロは、真剣な面持ちでアンデレに言う。


「でもアンデレ。この前近くで見てわかったと思うけど、結構危ないんだぞ。あんなの全然序の口で、もっと危険な敵がいるんだ」

「疲弊した姿の使徒を見たって話知ってるから、それはわかってる。たぶん想像できないような、すげー戦いをしてるんだろうなって」

「オレたちは弱音なんて吐けない。本当に身も心も削る思いで戦う覚悟がないと、無理なんだぞ」


 悪魔と戦うことは激烈でシビアであると、ペトロは親友に忠告した。こっち側へ来たらきっと後悔すると。


「ペトロは、おれが戦うのは嫌なのか?」

「嫌だ」


 アンデレがどんな理由を並べても、こっち側へ来てほしくなかった。


「オレにとってアンデレも、守りたい存在だ。あの出来事があって、自分の無力さを知って、強くなりたいと思ってあれから生きてきた。でもようやく、少しずつ生き方を変えられるようになったんだ。それなのに、お前に何かあったら……。だから。使徒かもしれないけど、戦ってほしくない」


 心から滲み出る切々たる思いが、ペトロの表情を曇らせる。その思いを知るユダは、心を同調させる。

 ペトロの暗然とした姿を知るアンデレも、自分への願いに疎くはない。その姿を知るからこその決意だ。


「だけど。ペトロが辛そうにしてた時、何もできなかったの辛かったんだ。だから今度は、誰かを支えて助けになりたい。たくさんの人のために何かできるなら、おれは使徒として頑張りたい」

「アンデレ……」


 ペトロを慰められなかった後悔を、アンデレは引き摺っていた。強いて言うならば、それが彼の人生で唯一のトラウマだろう。

 アンデレの思いに、ペトロの心は揺れる。その揺らぎを抑えるように、ユダは肩に手を置いた。


「今日はここまでにしておこうか。アンデレくんの力は、まだ開花してないのかもしれないし。焦らずゆっくりやっていこう」


 アンデレの力の有無の確認のしようがなく、今日のところは諦めて帰ることにした。

 さっきまで落ち込んでいたアンデレは、もう気持ちを持ち直して鼻歌を歌いながら歩いている。その楽観的な後ろ姿と対象的に、ペトロは少々気鬱になっていた。


「ペトロ」

「うん?」

「複雑だよね」

「……うん」


 気鬱になるペトロの肩を、ユダはそっと抱いた。

 ユダは、「もう目の前で誰かが酷い目に遭うのは嫌だ!」と言った時のペトロの顔を覚えている。あの時から変わったと言っても、トラウマの一部が少しでも侵されれば、そのぶんペトロの心も後戻りしてしまうこともわかっている。

 けれど、ペトロのためにアンデレの仲間入りを拒もうとは考えていなかった。


「ペトロは嫌かもしれないけど、私はアンデレくんの言葉は嬉しかったよ。使徒として頑張りたいって思うきっかけが、ペトロだなんて」


 アンデレの深い思い遣りの心は、事務所で話してくれた時も感じていた。普段見せる性格に隠れて、素敵な人間性を持っていると。

 すると、ペトロは言う。


「……あの時、アンデレに辛い思いさせてたなんて思わなかった。親友なのに、わからなかった……。あの時もさ、助けになれるなら何でもやるから何でも言ってくれ、って言ってくれたんだ……。変わらないな。本当に」


 陽気にフンフン歌う後ろ姿を見つめ、ペトロはふっと笑った。


「たぶんあいつ、事の重大さをちゃんとわかってないよ。いざとなったら泣いて逃げ惑うんじゃないかな」

「そうなったら、親友のペトロが守ってあげないとね」

「そういう意味で守りたいって言ったんじゃないんだけど」


 車道に留めた車の方へ、歩いている途中。サッカーボールで遊ぶ、幼稚園児くらいの少年たちが走り回っていた。ところが、そのうち一人が三人の前で転んだ。


「大丈夫かー?」


 アンデレはすぐに駆け寄った。少年は運悪く、石で膝を切ってしまった。出血し、少年は痛みで泣き始める。


「近くに親御さんは……」

 

 ユダとペトロは周囲を見回すが、近くにいないのか、保護者らしき大人の姿は見当たらない。少年の友達も、怪我を心配している。


「痛いよな。大丈夫、大丈夫……」


 アンデレは、泣く少年の傷口付近に触れた。すると、意外なことが起きる。

 傷口が、みるみる塞がっていくのだ。


「えっ……」

「傷口が……治った」


 ユダとペトロは目を見張る。アンデレも目をぱちくりさせて目を疑った。


「す……。すげー! 傷治ったよ! すごいよ少年! どんな魔法使ったんだよ!」


 傷が治ったのが少年自身の力だと勘違いするアンデレは、その奇跡に感動して一回り以上年下に尊敬の眼差しを向けた。

 しかしそれは、齢四〜五歳の少年にできることではないことは、にわかに驚くユダとペトロにはわかっていた。


「いや。それたぶん、アンデレくんだよ」

「え?」

「アンデレが、傷を治癒したんだ」

「…………はい?」


 それは自分が治したんだと言われたアンデレはまたも状況がよくわからず、目をぱちくりさせて首を傾げた。




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