8話 昔の話
アンデレが手土産で、お手製のアプフェルクーヘンを持って来てくれたので、コーヒーを淹れてテーブルを囲んだ。
「おいしー!」
「本当だな。店で食べるのと全然遜色ないわ」
「上のクランブルがカリカリで、中のりんごも歯応えが残ってて、おいしいよ」
「マジっすか? やったー! 使徒のお墨付きー!」
シモンとヤコブとユダが舌鼓を打つと、三ツ星パティシエに褒めてもらったかのようにアンデレは大喜びする。
「いや。舌は一般人と同じだから。でも、昔よりレベル上がってるな」
「だろー? ヨハネさんは? おいしいっすか?」
さっきは様子が急変したヨハネだったが、今はすっかりいつも通りに戻って、普通に一緒に食べている。
「うん。おいしい。僕の好きな甘さだ」
「喜んでもらえてよかったー。作って来た甲斐があったー!」
みんなに褒められたアンデレは、満面の笑みで自分が作ったクーヘンを頬張った。アンデレの手作りスイーツを久し振りに食べるペトロも、懐かしさが相俟って自然と笑みが溢れる。
「アンデレくんは、この辺に住んでるの?」
「学校も就職先もこっちだったんで、引っ越して来ました。元々は、ペトロと同じとこっす」
「じゃあ、同じ学校か?」
尋ねるヤコブにアンデレは「ううん。違う」と、タメ口を利く。年齢が一つしか違わないので敬語はいいと、ヤコブが言ったのだ。
「ペトロとは、基礎学校の時からの付き合いで、仲良くなったのは八歳くらいから?」
「てことは、もう十年になるのか。学校入って、久し振りに性別間違われたの覚えてる」
「そーなんだよー! おれ、ペトロのこと女の子だと思って告白しかけたんだよねー! そしたら同じ男で、こんなにかわいい男がいたのか! って衝撃だった!」
「告白、未遂で終わってよかったね」
クーヘンのおいしさとは違う笑みを浮かべながら言うユダ。
「でもそれくらい、学校で密かに人気だったんすよ。ファンクラブができてたり!」
「えっ。それ知らない」
初耳のペトロは、フォークを咥えたまま手を止めた。
「ペトロのファンクラブなんてあったの? すごいね」
「男なのにかわいいとか言われてチヤホヤされるの、ペトロがすっごい嫌がってたから、非公式なんだけどさ。会員が三桁いたとかいないとか」
「学校内のファンクラブでそんなにいるの、マジですげぇな。カリスマじゃん、お前」
「そうやってイジるのやめろって」
ペトロは恥ずかしがり、コーヒーを飲みながらヤコブをちょっと睨んだ。
「いいなぁ、ペトロのファンクラブ。私も入りたかったなー」
「お前は入らなくても十分だろ」
「ユダは公私で推してるもんねー」
「会員ナンバーは、一二三番がいいな」
「何で一二三?」
一番じゃないのかとヤコブが訊くと、番号に心当たりのあるペトロが当てる。
「オレの誕生日の、十二月三日?」
「正解。あ、でも。会員になるのは私一人だけにしておいてね」
「愛されてるなー」
「愛されてるねー」
「だからイジるなってば」
ニヤニヤしながら冷やかすヤコブとシモン。
親友がいる前でイジられて、ペトロは余計に恥ずかしく思うが、その親友は醸し出されている匂いに全く気付いていない。
「ペトロは、ここでも人気者なんだなー。モデルまでやっちゃうし、評判いいし。おれの親友、やっぱすげーよ。そのうち、おれなんか目に入らなくなったりしないよな!?」
「そんなわけないだろ。アンデレはどんな時もおれを気遣ってくれた、親友なんだから」
「ありがとな、親友ー! その言葉信じるからなー! おれたちズッ友だからなー!」
アンデレは熱烈にペトロに抱き付いた。
その後も、ここで生活するペトロの様子をアンデレに教えたり、一同のプライベートなことも話したりして、アンデレのテンションは始終衰えることはなかった。
その人懐っこさで、全員と以前からの友人だったかのようにアンデレは馴染み、賑やかな時間となった。




