6話 今回は余裕綽々の祓魔です
「それで、その時あいつがさー……」
アンデレの記憶力に感心しながら談笑していた、その時。ペトロは、悪魔が出現する気配を感知した。
「でさー……。って、ペトロ聞いてるか?」
「ごめん、アンデレ。話はまた今度。オレ行かなきゃ」
「えーっ。もうちょっと話そうよー」
「お前も仕事戻らなきゃだろ。また連絡するから!」
楽しい話の腰を折るのは申し訳なかったが、それよりも大事なことなので、ペトロは再会を約束して走り去った。
「ちょ……。ペトロ! デリバリーの荷物と、キックボードはー!?」
アンデレは後を追おうとするが、ペトロは道路へ続く階段をジャンプで一息に上がり、その勢いのまま跳躍して向かいの建物の向こうへ消えてしまった。
「ほえ〜……」
それを見たアンデレは、口を開けて唖然とした。
到着したのは、モンビジュー公園から近い通りだ。程なくして近くにいたシモンも駆け付け、守護領域を展開した。
トラムの停留所で倒れている女性からまだ悪魔は現れず、苦しんでいる状況だ。「た……助けて……」女性の意識もあり、使徒の二人に助けを求めた。
「まだ悪魔は出て来ないのか……。どうしようか」
「今のままでも深層潜入できるよ。活動初期の頃は悪魔が出て来ることも少なかったから、軽くやってたんだ」
「感じる気配が普通より薄いから、現状でいけるってこと?」
「たぶんそんな感じ。てことで、ボクが行って来るよ」
「いいのか?」
「やり慣れてるボクの方が、感覚もわかるから」
シモンは苦しんでいる女性に駆け寄り、膝を突いて顔色を確認した。呼吸も早く、白い肌が青褪めている。
「大丈夫ですか?」
尋ねると、女性は苦悶の表情で浅く頷いた。
「今から、あなたの苦しみを軽減します。安心して、目を閉じてリラックスしてください。目を覚ました時には、今より少し気持ちが楽になってますから」
シモンは、女性を停留所の看板に寄り掛からせた。女性はシモンの言う通りに目を閉じ、できる限り落ち着こうとする。
《潜入!》
シモンが深層潜入を開始したちょうどその時、ユダが遅れて到着した。
「あれ。今回はいつもと違うね」
「悪魔が出て来ないから、シモンが軽く深層潜入してくれてる」
「じゃあ、手持ち無沙汰だね……。デートのスケジュールでも立てる?」
「いや。今する話じゃないし」
全く緊張感がなさそうに見えるユダだが、これでもちゃんと悪魔の気配に意識は向けている。
「前に言ってた博物館、やっぱりチケット事前予約した方がよさそうだよ。四週間前から予約可能だって」
「じゃあ、いつ行く?」
今じゃないと言ったペトロだったが、デートの話に乗った。ペトロもちゃんと意識は向けているので、心配ない。
「休日だと混みそうだし、平日にしとく?」
「でも、ユダの仕事は? 社長がデートを理由に休むのどうなの」
「有給休暇取るって言えば、一日くらい大丈夫だよ」
「ヨハネ、反対しないかな。一人じゃ無理です、って言いそうじゃないか?」
「どうにか言って、許可してもらうよ」
笑顔のユダは、絶対に有給休暇を取る気満々だ。実績があるのだろうか。
(頑張れ。イエスマン・ヨハネ!)
ワンオペになるヨハネを、ペトロは心の中で応援した。
「ペトロの方は、いつでも大丈夫?」
「オレは自由に休めるから、いつでもいいよ。ユダが休み取れそうな日で大丈夫」
「それじゃあ、来月あたりにしておくよ。ちなみに、博物館島にある博物館や美術館は五つあるけど、どこにする?」
「ユダが前に行ったとこでいいよ」
「じゃあ、ペルガモン博物館だね」
博物館の他はショッピングに行ってお揃いのスポーツウェアを買おうなど、戦闘中なのを半分忘れて楽しくおしゃべりしていると、シモンが深層潜入から戻って来た。
「二人とも、何しゃべってるの。悪魔出て来るよ」
そう言った直後、女性から黒い霧状のものが吹き出し、異形の悪魔が姿を現した。
弱らせずともあとは祓魔だけで大丈夫そうなので、それはユダとペトロが引き受けた。
「心具象出────〈誓志〉!」
「〈悔責〉!」
ペトロが鎖を断ち切り、ユダが悪魔を両断して、今回の祓魔は手間も掛からず完了した。
女性もすぐに意識を取り戻し、守護領域が解除されると、いつものファンミーティングが始まった。しかし、戦闘はすっかり日常風景になったので、握手を求める人は減りつつある。
「うおー! すっげー!」
その人々の中から、ペトロを追い掛けて来たアンデレが激烈ファンのように突進して来て、ペトロの腕がもげそうなくらい激しく握手をする。
「今のすげー! あの剣なにー!? ファンタジー映画みたいじゃんかー!」
「アンデレ。追い掛けて来たのか?」
「剣どっから出したの? もう一回出してよ!」
アンデレは、好奇心旺盛な子供のように目をキラキラさせるが、ペトロは「出さない」と一蹴する。
「お前は、仕事に戻るんじゃないのかよ」
「なあなあ! 今度ペトロん家遊びに行きたい! もっといろいろ話聞きたい!」
「オレん家って言うか、今は仲間と共同生活してるから……」
「じゃあ話通しといて! 楽しみにしてる!」
「えっ」
「じゃあな! ちゃんと連絡してくれよー!」
テンションが爆上がりしたアンデレは一方的に約束を取り付け、走って仕事に向かって行った。言葉のキャッチボールができていなかったことに少し呆れるが、ペトロは懐かしさも感じた。
「本当に相変わらずだな……」
「ペトロ」
アンデレが去ると、ユダがこっそり手を繋いできた。
「今の人は?」
「オレの友達。さっき久し振りに会って」
「友達なんだ」
「ていうか。一方的に寄宿舎に呼ぶ約束されちゃったけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ね、ユダ」
「うん。ペトロの友達なら、歓迎するよ」
「ならよかった。それよりユダ。なんでオレの手握ってるの」
「触りたくなったから」
ユダは、爽やかににこっと微笑んだ。
「……なんだよそれ」
他の人がいる前で……と思うが、理由もないスキンシップがペトロはちょっと嬉しくなってしまった。




