5話 親友との再会
とある日。ミッテ区でデリバリーのアルバイト中のペトロは、シュプレー川より北側を中心に回っていた。
次の注文商品をピックアップしに、モンビジュー公園近くのシックな雰囲気のカフェにやって来た。
「こんにちは。ピックアップに来ました」
「こんにちはー……。あ。使徒のペトロさんだぁ。新しい広告見ましたよ」
「どうも……」
声を掛けたカウンターの女性スタッフに手を振られ、心恥ずかしくなりながら外向的な笑みを作る。同じように何度も声を掛けられ、街じゅうの人が自分のことを知っていると思うと、まだ堪え難い恥ずかしさがある。
また誰かに声を掛けられる前に立ち去ろうと、ベーグルサンドと抹茶ラテを受け取り、早々に店を出ようとした時だった。
「あれ? ペトロ!?」
今度は男性に気付かれ、また外向的な笑顔の準備をした。しかし、その声には聞き覚えがある気がした。
振り向くと、カウンター内にオレンジ色の髪の見知った顔が立っていた。
「やっぱりペトロだー!」
「えっ。アンデレ?」
思わぬ場所でペトロに出会したアンデレは、カウンターから出て来て満面の笑みでハグをした。
「うわー! 久し振りじゃんー! めっちゃ感激なんだけどー!」
「相変わらずテンション高いな」
「ずっと連絡取れなくて、心配してたんだぞ! こっちに来てるって聞いたけど、今どこ住み? 何やってんの? てかアルバイト? あ! デリバリーのバイトか! この店も来たことある? もしかしてすれ違ってたかもなー!」
と、再会でテンションが爆上がりするアンデレは、矢継ぎ早にしゃべる。昔と変わらない様子に、ペトロも思わず笑みが溢れる。
「落ち着け。お前、仕事中だろ。オレも、これ届けなきゃならないから」
「あっ、ごめん! でも、会うの久し振り過ぎてめっちゃ話したい! おれ休憩もうすぐなんだけど、ペトロは?」
「じゃあ、これ届けたらどっかで落ち合う?」
「そうしよう! そこの公園でもいいか?」
「わかった」
商品のデリバリー先が近くだったので、あとで会う約束をしていったん別れた。
デリバリーを一区切りさせたペトロは、モンビジュー公園に向かった。
豊かな緑とスポーツができる施設や野外劇場もある公園で、シュプレー川沿いの遊歩道に出れば、中世貴族の屋敷のような佇まいのボーデ博物館が目の前だ。
落ち合った二人は遊歩道の木陰に座り、アンデレが働いている店のベーグルサンドを食べながら話した。
ペトロとアンデレは基礎学校時代からの親友で、進学してギムナジウムと実科学校に別れてもよく会う仲だった。
「ほんっと、めっちゃ久し振りだな! 久し振りどころじゃないくらい、久し振りだけど!」
「連絡しなくてごめん。でも、アンデレもこっちに来てるとは思わなかった」
「おれ今、働きながら定時制職業学校に通ってるんだ」
「働いてるって、さっきのカフェで?」
「そ! 偶然ペトロのおじさんに会って、ペトロがこっちにいること聞いて、いつか会えるかなーって思ってた。やっと会えたよ、親友ー!」
感動が収まり切らず、アンデレはまたハグする。ちょっと暑いが、ペトロも再会が嬉しくて感動を受け止めてあげた。
「いろいろあったの知ってたけど、めっちゃ心配してたんだぞ! おじさんにも連絡してないってお前、最悪のこと考えてたんじゃないよな!?」
「大丈夫。そんなこと考えてないよ」
「ほんとか? おばさんたちが死んでから、人生のどん底みたいに沈んでただろ。おれとも会わなくなったし。学校卒業したら、何も言わずにそのままどっか行っちゃうし」
アンデレは、会えていなかった約二年ぶんの心配と不安と寂しさを愁眉に乗せていた。親友なのに、何も告げずに姿を消したペトロは、本当に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
「本当に心配かけてごめん。ちょっと、一人で頑張ってみようと思ったんだ」
「一人で頑張るって。ただ無理するだけじゃんか」
「うん。その通りだった。だから今は、仲間を頼ってる」
「だったら、親友のおれも頼ってくれよ〜! なんで頼ってくれなかったんだよ〜!」
「ごめんごめん」
「でも、元気そうでよかったー。ほんとに会えて嬉しいよー!」
ずっと心配させていたのに、親友と言って再会を喜んでくれるアンデレ。あの時どうして頼れなかったんだろうと、ペトロは少し後悔した。
「あのお店で働いてるってことは、もう仕事決めたんだな」
「うん。パティシエ目指して頑張ってるとこ」
「そういえば、昔からお菓子作り好きだったもんな」
「ペトロこそ何してるんだよ。ていうか、モデルやってない? しかも、SNS見たら使徒もやってない? いつからやってるの? なんでモデルと使徒なんだよ?」
「まぁ。成り行きで」
「学校は? ギムナジウム卒業してから、大学は行ってないのか?」
「うん。今はアルバイトと、使徒と、モデル業」
「三足のわらじだ! すげー! なんか、かっけー!」
アンデレが尊敬の目を輝かせるので、ペトロはむず痒く感じる。
「大変なだけだよ」
「ただでさえ使徒やってるのに、すげーって! しばらく会わないうちに、おれの親友がこんなに自慢できる親友になってたなんてー!」
親友が活躍しているのを相変わらずのテンションで喜ぶアンデレに、ペトロはクスッと笑う。
「ほんと。興奮するとテンション高くなるの、変わらないな。こうして話してると、昔に戻ったみたいだ」
「昔って! そんなに時間経ってないだろー!」
積もる話もあった二人は、お互いに行っていた学校の話や、卒業してからの話、一緒に過ごした基礎学校時代のエピソードを思い出しながら談笑した。
アンデレの記憶の倉庫は大きく、まるで一日ごとを保管しているくらいの記憶力で、ペトロが覚えていないことまで事細かに記憶していた。おかげで、厭わしい出来事とともに封じていた記憶をペトロは思い出せた。




