30話 整理不頓
「そうか……。そうだったのか……。あの言葉は、そういう意味だったのか」
口にしたのは、何かを理解したような独り言だった。
全く予想もしていなかった言葉が耳に入って来て、ヤコブは恐る恐る顔を上げた。アレンの表情に戸惑いは窺えるものの、怒りや恨みの感情は出ていないように見えた。
ヤコブと目を合わせたアレンは、正直な思いを言う。
「まず、これは言っとく……。ヤコブ。僕はお前を恨んでない」
「えっ……」
「今の話を聞いて、信じたくなかったのは本当だよ。でも、ヤコブも後ろめたく思ってたんだろ。事件のあとから僕たちを避けてたし、連絡もしなかったんじゃなくて、断ち切ろうとしたんじゃないのか?」
「……」
「お前なりに、たくさん反省したんだろ?」
なぜかアレンは、ヤコブが考えていたことを言い当てた。もちろん罪悪感のことは、家族以外はシモンしか知らないし、縁を切ろうとしていたのもシモンに話したのが初めてだ。ほんの数分のあいだに彼の思考はヤコブの心の深奥まで到達し、罪悪感を推察したというのだろうか。
「反省したって、俺がしたことは……」
「だけど、ずっと抱えてきたんだよな」
「ダメだアレン。そんな言葉を掛けて俺に同情するな」
アレンの同情の言葉と面持ちは、茨で傷だらけのヤコブの心を癒やしかける。だが、自分は赦されてはならないと、アレンの同情を拒否する。
「正直、複雑だよ。いろいろ思うことはある。でも。ヤコブの過ちは、デリックの死とは何の因果関係もない」
「そんなことはない。全部俺のせいだ。兄貴もきっと、俺を恨みながら……」
ヤコブがアレンの同情をここまで拒むのは、喪ったものの大きさと重さが普通ではないことをわかっているからだ。
当時のヤコブとデリックの兄弟仲を知るアレンは、少なからずその胸中を推し量ることができる。だから、抱える罪悪感を少しでも軽くしてやろうとした。
「デリックがどう思っているかはわからない。だけど、少なくとも僕は、ヤコブを恨んでない。あの時オーディションを受けられなかったことは、僕たちの運命だったんだ。神様が、まだデビューは早いって言ったんだよ。お前が気にするほど重大なことじゃない。実際、僕たちはメジャーデビューを果たすことができた。結果を出せなくて一年しかメジャーの舞台は踏めなかったけど、メジャーでの再デビューを目指してる。僕たちの夢がなくなったわけじゃない」
「でもアレンは、兄貴とデビューしたかったんじゃないのか」
そう言われたアレンは、僅かに動揺した。
デリックの歌声が好きだった。その歌声を横で演奏しながらステージに立ちたいと、夜の雲間の星を見上げて想像したことはある。
その夢想は、過去に置いて来たはずだった。
「……それを言ったところで、どうしようもないよ」
ふいに甦ってきた悔しさを堪えて、アレンは言った。表情と言葉に隠しきれない無念を、ヤコブは感じ取った。
「……とにかく。もう、そんなに罪悪感を引き摺らなくてもいい。前向きにならなきゃダメだ。お前を責める人はいない。だからヤコブも、そろそろ自分を赦してやれよ」
アレンは、未練がましく甦った無念を押し込めるように言った。だがヤコブは、それを知ってしまった。
「あっ、そうだ。ヤコブさ、きっと僕たちの曲、インディーズの初期から聴いたことないだろ」
「え? ……うん」
「だと思った。CD全部持って来ようかと思ったんだけど、突き返されたら嫌だなと思って、とりあえず一番最初のやつだけ持って来た」
アレンは、ショルダーバッグの中から一枚のCDを出した。ジャケット写真は、青空を背景にメンバーの指で象った星だ。
「ミニアルバムなんだけど、このうち三曲をデリックが作詞してる」
「兄貴が……」
デリックが作詞をしていたのは、ヤコブは初耳だった。
「中でも聴いてほしいのが、一番最後の『Special Shoes』って曲。きっとデリックも聴いてほしいはずだから、気分が良くなったら聴いて」
アレンからも一つ話したいことがあったらしいが、このあとメンバーと練習があるようで、今度時間が作れた時にと、CDを置いて帰って行った。
見送ったヤコブは、白いテーブルに置かれた土産に視線を落とした。触れるのは気が進まなかったが、置いて帰っても持ち主不明の忘れ物として処分されてしまいそうだと思い、持ち帰った。




