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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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28話 「言霊」という束縛



「……ロンドンの駅で、爆弾テロがあったんだ。兄貴は、それに巻き込まれた」

「……」


 兄がどうなったかまでは口にしなかったが、墓石を前に泣くヤコブの姿を見ていたので訊かずともわかった。

 シモンは言葉を掛ける代わりに、ヤコブの手を握った。


「アレンたちは先に到着してて無事だったけど、兄貴が来なかったから二次オーディションは受けられなかった。せっかくレーベルに注目されてたのに、デビューするチャンスを掴めなかった……。全部、俺のせいなんだ。約束破られて駄々こねて困らせて、その挙げ句に兄貴をテロの犠牲にさせて、バンドのデビューのチャンスを奪ったんだ……」

「ヤコブ……」


 ヤコブは握られたシモンの手を離し、両手で顔を覆った。


「俺は、兄貴を裏切った。応援してたのに、一時の利己的欲求に負けて最低なことを言った。『この世から消えろ』なんて……。その言葉が現実になるなんて、思わなかった。でも、俺の言葉は現実になった。俺が兄貴を殺したんだ」


 自責するヤコブのくぐもった声は、少し震えていた。

 ケンカで暴言や悪態をつくのは普通だ。一時の感情で発したその場だけの言葉に、誰も重い責任を背負うつもりで言っていないだろう。だが時に。偶然が運命か、言った通りの出来事が起きる。

「言霊」というものだ。

 あの時の言葉は魔力が宿り、現実となった。それが偶然か運命かは、誰にもわからない。ただ。ヤコブの中では言霊は存在し、「全ては必然的に起きたのだ」と決定されていた。

 絶望や自責の念が()い交ぜになったヤコブの感情がシモンにも流れ、胸が締め付けられてくる。自分が味方になって、蔓の茨で傷だらけの心を守ってあげなければと真心を寄せる。


「ヤコブのせいだなんて、誰にも決められないよ」

「全部俺のせいだ。俺のせいでみんなを不幸にした。きっと恨まれてる。親父も、おふくろも、笑顔の裏では俺を恨み続けてるんだ」

「そんなこと……」

「あの時の喪失も絶望も、誰から見たって間違いなく俺がきっかけだ。だから、誰も俺の罪を言葉にしなくても、俺は俺を赦したらダメなんだ。たった一度の過ちで、絶対に奪っちゃいけないものを奪った罪を!」

(ヤコブ……)


 シモンはヤコブの罪を否定したいが、どんな言葉を掛けるのが正解なのかわからず迷い、言葉が出てこない。

 自分がきっかけで家族を喪ったことが、どれだけ重い枷になり苦しめているのか、記憶の欠片を見ても、心が繋がっていても、想像の範疇を出ない。今、名前を通して感じている苦衷も悲愴も、ヤコブが抱えている全てではない。

 だからシモンは、共有されている感情が平等じゃないことが悔しかった。けれど、支えられることはあるはずだと、話を聞き続けた。


「だから、音楽に近付いちゃいけないって言ったの? 聴くことはできるけど、それ以上のことは赦されないって。お兄さんのギターも……」

「こんな俺が、音楽に関わることを赦されるわけないだろ」

「それじゃあなんで、MVに出ること決めたの?」

「今の俺で、何か償いができればと思ったんだ。少しでも罪悪感を軽くしたかった。シモンが、音楽は誰も拒まないって言ったし、少しだけ近付いてみようって」


 ヤコブは、まるで聴取を受ける容疑者のような雰囲気を放っていた。


「出演をキャンセルしたのは、やっぱり後ろめたくなったから?」

「こんな俺が素知らぬ顔して出るなんて、どう考えても間違ってるだろ」

「アレンさんは、ヤコブの罪悪感を知ってるの?」


 ヤコブは首を小さく横に振る。


「何も話してない。どんな反応されるか想像したら、怖くて……」

「そっか……。それは、怖いよね」

「それに。弟の俺の顔を見れば、アレンは兄貴のことを思い出す。だから俺は、アレンからわざと遠ざかった。お互いに過去を掘り返さないためには、そうした方がいいと思って」


 ヤコブは、自分の罪が知られる前に、アレンに何も言わずに故郷を出た。もしも、何かがきっかけで彼が罪を知れば、余計な傷が増え、今までのような関係は続けられなくなる。だから、自然なかたちで縁が切れる方がまだ気が楽だった。


「でも。あれから六年経ってるよね。アレンさんの気持ちも、だいぶ整理できてるんじゃない?」

「六年経てば、気持ちの整理もできてると思うか?」

「出来事は忘れてないけど、前に進めてるんじゃないかな。だから、新しいメンバーでバンドも続けてるし、ヤコブにPV出演をオファーしたんじゃない?」


 ヤコブが言ったように、顔を見ればどうしてもデリックのことを思い出すだろう。だが、ヤコブと再会し、一日一緒にいても、アレンは辛そうな顔は一切見せなかった。ヤコブのことを気遣ったのも、活躍を喜んでいるのも、気持ちの整理ができているからだ。

 しかし彼は、ヤコブを完全な被害者遺族だと思っている。本当はグレーゾーンに立っているとは知らない。

 ヤコブは恨まれるのを忌避していた。それでも、トラウマを体験させられて、自分がすべきことを残してはここからどこへも行けないと、気付かされた。


「俺さ……本当は、言わなきゃと思ってるんだ」

「でも。反応が怖いから、言うの避けてたんだよね」

「このまま隠し通そうとしても、きっといつかは知られる。だから……アレンには、ちゃんと言おうと思う」

「ヤコブ……」

「本当のこと言っても、キレられないかな」


 遅かれ早かれ、自分の口から言わなければならない。人当たりがいいアレンでも、激昂する時はあるだろう。それを初めて目の当たりにして、痛罵されるかもしれない。けれど、デリックの死を受け入れたように、自分の罪も年月を掛けていつか赦してくれるだろうかと、シモンに尋ねた。

 その恐れも、シモンは感じ取る。ヤコブは、一歩進もうとしている。その一助になろうと、もう一度手を握った。


「ヤコブが罪深く感じてることが伝われば、ちゃんと話聞いてくれるよ。もしもキレられても、ボクもヤコブと一緒に理解を求めに話をしに行くよ。何度でも」


 自分が知らないヤコブだったとしても拒否しない。何も理解しないまま突き放したりしない、と棺越しに言ったように、共に罪悪感と向き合いたいと、シモンは微笑みかけた。

 未熟な身体でも大きな支えとなっているシモンの存在が、ヤコブはとても心強かった。理解して味方をしてくれることが、純粋に嬉しかった。


「何だったら、最初から一緒に行こうか?」

「いや。一人でいい。じゃないと、意味がない」


 ヤコブは、アレンに罪を告白する決意を固めた。その面持ちは、関係が壊れる覚悟の表情のようにも見える。

 シモンは、ヤコブの覚悟が普通とは違うような感じがして、心にフッと陰が過ぎった気がした。


「……ねえ、ヤコブ。なんで、バルトロマイと再戦の約束なんかしたの?」


 尋ねると、ヤコブは握っていた手を離してカモミールティーを飲んだ。


「一方的にボコボコにされたのが、情けなかったんだよ。だから、シモンのおかげで我に返った時に、絶対逃げないから次は万全の調子で戦わせろ! って言ったら、案外わかるやつでさ。簡単に再戦を約束できたってわけだ」

「それだけ?」

「それだけだ。……あ。そろそろ、メシできるころだな」


 時計を見たヤコブはソファーから立ち上がった。そのついでに、シモンの頭を撫でた。


「ありがとな」


 背中を押してくれて、味方をしてくれてありがとうと、感謝して微笑んだ。




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