25話 繋ぎとめる
ユダとペトロは、傀儡亡霊たちに取り付かれて身動きできなくなり、二人を助けようとしたシモンとヨハネも妨げられた。
「@アµ……&¿ァ……」五〜六体の亡霊にしがみ付かれるペトロは、絶えず聞こえるすき間風のような掠れた呻き声にいたずらに刺激され、顔色が少し悪くなってくる。
(気持ち悪い。取り付かれてるだけなのに、嫌な記憶を掻き回される……)
特にダメージを受けていないユダは、辛そうに顔をしかめるペトロを案じ眉をひそめる。
(ペトロが精神干渉を受けてる。早く抜け出さないと……)
状況に倦ねる使徒のざまが愉快なビフロンスは、針のように目を細め「フフフ」と含み笑いを溢す。
「身動きが取れなくて、お困りのようですね。棺の中の仲間の御方も、どうなっているのでしょうか。此まま皆様御一緒に……なんて事に成り兼ねませんね」
心のゆとりが丸わかりのビフロンスの笑いが、ユダの癇に障った。それまで、できるだけ苦しませずに亡霊を浄化しようと心掛けていたが、この状況から脱出するために決断する。
(大丈夫だと信じて、やってみるしかない)
「ペトロ! 手を出して!」
ユダは、取り付く傀儡亡霊の隙間からペトロに腕を伸ばした。ペトロも何とか腕を出し、ユダはその手を掴む。
「ちょっと荒っぽくなるけど、我慢して」
「え?」
「爆ぜろ! 深き御使いの抱擁!」
ユダは威力を増大させ、規模が大きくなった光の爆発は周りの個体を巻き込み、纏わり付く傀儡亡霊をまとめて浄化した。それと同時にペトロと一緒に跳躍して群れの中から脱出し、ビフロンスに再接近を試みようとする。
だが、またも傀儡亡霊が行く手を阻む。
「降り注げ! 祝福の光雨!」
二人は同時に光の弾丸で蹴散らし、ビフロンスの目の前に着地した。ビフロンスはさすがに細めていた目を開いた。しかし、驚いた表情は一瞬でいやらしい笑みに戻る。
「いやいや。驚いてしまいました。よもや、容赦なく消し去って仕舞われるとは」
「オレも、まさかやるとは思わなかった」
「一気に蹴散らさないと、どうにもならなそうだったから。私たちへのダメージはなかったけど、おかげで良心がチクチク痛むから、一度限りにしておきたいね」
「其の御判断、敵ながら称賛したくなります」
「お礼は言わないでおくよ」
ユダとペトロはそれぞれのハーツヴンデを手にし、ビフロンスに立ち向かった。
二人の後方のシモンとヨハネは、ハーツヴンデと使徒の力で着実に傀儡亡霊を浄化していく。
ところが。光の矢を放っていたシモンは、ふと右腕に違和感を感じた。
(ヤコブ?)
「どうしたんだ、シモン。何か感じるのか」
「胸騒ぎがする。ヤコブが棺の中で追い込まれてるんだ」
「状況は、どの程度わかるんだ」
「全然わからない。ヤコブが苦しんでることしか」
シモンは憂患し、戦闘に集中しきれなくなる。その脳裏には、MV撮影の途中で帰ってしまった時のヤコブが甦る。さっきもネガティブなことを言っていたので、トラウマに引き摺られバルトロマイの術中に嵌ってしまわないかと、気が気でない。
(最近のヤコブは、いつものヤコブじゃない。今トラウマを見せられたら、ヤコブがヤコブじゃなくなっちゃう)
自分が棺の中で再現されたトラウマで絶望に陥り、拒絶しようとしたことを思い出し、ヤコブも同じ選択をしてしまうと恐れる。
トラウマをそのまま十字架として背負ってしまえば、使徒を続けられなくなる。それは、自分の意志を翻意する決断であり、のちにトラウマに代わったものに苦しめられることになる。
そんな苦衷を滲ませるシモンを見て、ヨハネは言う。
「シモン。ヤコブの側に行け!」
「えっ。でも……」
「ユダとヤコブと同じことをやるんだ。棺に触れて、ヤコブを現実に呼び戻すんだ!」
「だけど、うまくいくかな」
「きっと、バンデなら思いが届くんだ。シモンだって、棺の中でヤコブの存在を近くに感じたんじゃないのか?」
そう言われ、ヤコブの存在を感じたことで、気持ちを持ち堪えられたことをシモンは思い出す。その微かな希望で救われたことを。
「僕も今のヤコブは心配だ。だから、お前の声で引き留めてくれ! こっちは心配するな!」
「わかった。やってみる。ありがとう、ヨハネ!」
シモンは、ヤコブが囚われた沼の棺に近付いた。その姿をビフロンスも確認し、ユダとペトロもその行動の意味を察する。
「無駄な事をなさるようですね。仲間の御方を心配されるのは一応理解しますが、唯の時間の浪費です」
「時間の浪費? 甘く見ないでもらいたいね」
「そういうことは、見てから言ってくれよ!」
ビフロンスはまた懐から宝石を出そうとしたが、ユダとペトロは邪魔をさせまいと大鎌〈悔責〉と剣〈誓志〉を振るう。




