表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/263

22話 棺の中。楔は奏でる①



 棺に囚われたヤコブは、実家にいた。

 木材を貴重とした素朴なブリティッシュカントリー調で、温かみのあるリビング。絵に描いたような家族団欒が思い描けるその空間で、十二歳のヤコブはギターケースを抱いて臍を曲げていた。

 説得を続けていた両親は、呆れ顔から苛立った表情になり始めている。兄デリックも、ギターを奪われて困り果てていた。


「ヤコブ、いい加減にしなさい。デリックが困ってるでしょう」

「大事なオーディションを控えてるのに、これじゃあ乗る予定の電車に間に合わないだろう」

「大丈夫だよ、父さん。一本くらい遅れたって」


 苛立つ両親に反して、一番慌てなければいけないデリックは焦燥を見せていなかった。オーディションは明日の日曜日の午前からだが、今日は土曜日。学校終わりでアレンたちとロンドンに移動して、一泊して挑む予定なのだ。


「だが、アレンたちが待ってるんだろう?」

「僕が約束の時間に駅に現れなかったら先に出発してくれって、連絡しておいた」

「ほら。あなたが駄々をこねるから、みんなに迷惑が掛かってるのよ。もう十二歳なんだから、大人になりなさい」

「嫌だ! 悪いのは兄貴だ! 俺が先に約束してたのに、兄貴が破ったんだ!」


 ヤコブは顔を赤くし、約束の件をずっと主張して激怒していた。


「何度も謝ったのに、まだ許してくれないのか。ヤコブ」

「だって、兄貴もサプライズ楽しみにしてるって言ったじゃん。だから俺、喜んでもらいたくて一生懸命に練習したんだ。なのにら兄貴のせいで俺の努力が無駄になった!」

「今日は無理でも明日があるじゃない」

「兄貴の誕生日は今日だ! 今日じゃなきゃ意味がない!」


 どうしても自分を優先してほしいヤコブは、頑として兄を行かせたくなかった。

 眉をハの字にするデリックは、ヤコブの前にしゃがんだ。ヤコブはギターを離すまいと力を込める。


「本当にごめん。僕もすごく楽しみにしてたのは、本当だよ。でも。まだ芽生えたばかりだけど、この夢を絶対に叶えたいんだ」

「オーディションなんて何度もあるじゃん」

「だけど、挑戦しようと決めた時に動かないと夢は叶えられない。ライバルはみんな貪欲に挑戦し続けてるのに、僕だけ呑気にしていられないんだ」

「兄貴はまだ十六だろ。人生まだまだこれからじゃん」

「十二のくせに、お祖母ちゃんみたいなこと言うなよ……」


 弟の口から出た言葉に、デリックはつい微苦笑を溢した。


「頼むよヤコブ。お前のおかげで、僕は夢を見つけられたんだ。バンドデビューするために、僕を応援してくれよ」

「嫌だっ!」


 ヤコブはギターを抱えたまま立ち上がり、逃げるようにデリックから離れた。


「それって、兄貴は俺よりも夢の方が大事ってことだろ。俺の努力よりも、バンドデビューの方が価値があるんだろ!?」

「そんなこと言ってないだろ」

「言ってる! そんなに夢が大事かよ! 家族よりも優先したいのかよ!」

「いい加減にしなさい、ヤコブ!」


 デリックが怒らないぶん、両親の苛立ちが大きくなり、声も荒々しくなる。そんな両親の怒りさえ、ヤコブには関係なかった。


「もう知るか! 兄貴のギターなんか褒めなきゃよかった! オーディションなんか落ちればいい!」

「ヤコブ!」

「兄貴なんか嫌いだ! オーディションでもどこでも行ってもう帰って来るな! 一生帰って来るな! この世から消えちゃえよ!」

「なんてこと言うんだ! いいから早くギターを離しなさい!」


 強引な手段に出るのを堪えきれなくなった父親は、ヤコブから力尽くでギターを奪った。


「あっ!」


 少年では大人の力に敵わず、ヤコブの胸からギターが剥がされデリックに渡された。


「さあ、行け。あとのことは気にするな」

「ありがとう。父さん、母さん」


 デリックは、母親に捕まえられ悔しさで半泣き状態のヤコブに顔を向けた。


「ヤコブ。本当にごめん。サプライズは、明日帰って来てからの楽しみにするよ」


 手子摺らされたというのに、デリックは後ろ髪を引かれるような表情を残して出発した。

 約束が守られなかったヤコブは不貞腐れ、膝を抱えた。


(兄貴のバカ野郎! 誕生日だからサプライズしたかったのに。今日じゃないと意味がないのに。明日やっても意味なんてない。明日なんて……)


 臍を曲げるヤコブの心に、ふっと得体の知れない不安が過ぎった。


「明日……」


 本当に明日が来るのかと、急に怖くなった。

 ヤコブは衝動に駆られるように家を飛び出し、全力で走ってデリックを追い掛けた。

 空は曇天に覆われ、一雨来そうだった。

 ヤコブは全力で走ったが追い付かず、デリックは電車に乗ってしまい、駅を出発してしまう。


「兄貴!」


 ヤコブは、諦めきれずに電車を追い掛ける。いつしか辺りからは建物が消え、道も消え、ヤコブと一直線に走行する電車だけとなる。


「待って! 兄貴、行かないで! 電車から降りて!」


 必死に叫んでも、車窓の内側のデリックはヤコブに気付く気配がなく、辿り着く場所へと真っ直ぐ顔を向けている。


「兄貴! 謝るから! だから行ったらダメだ! 行かないで! ……あっ!」


 ヤコブは躓いて転倒した。そのあいだに、電車はロンドンの終点駅へと到着した。

 だがその瞬間。突如として爆発が起きた。一度だけではなく、三〜四回爆発した。駅舎からは炎は燃え上がり、灰色の煙が立ち上る。

 その紅蓮と灰色のあいだから、デリックが乗っていたダークグリーンとホワイトの配色の車両が、ひしゃげた形で覗いていた。


「あ……。あにき……」


 ヤコブは悲劇を叩き付けられて愕然とし、立ち上がる気力を奪われる。

 するとその背後に、顔のない両親が現れた。


「電車に乗り遅れなければ、こんなことにはならなかった」

「あなたが我儘を言うからよ」

「そうだ。おまえのせいだ。全部、デリックに呪の言葉を掛けたお前の責任だ」

「そうよ。これは全てあなたのせいよ。ヤコブ」


 顔のない両親は、実子のヤコブを容赦なく叱責する。

 そして、声を揃えて刃を突き刺す。


「お前がデリックを殺したんだ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ