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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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21話 亡霊使い



 幹線道路を渡って南下し、目的地近辺に到着した。だが既に、伝統的な建物の銀行やホテルといった周囲の建物が黒に覆われ、人も車も喧騒とともに消えていた。


「先にテリトリーを展開されてる!」


 先手を取られたのは痛手だが、だからといってビビりはしない。二人は臆することなく、ジャンダルメンマルクトに足を踏み入れた。

 広場には、バロック様式の歴史的建造物がコの字に三つ並んでいる。博物館となっているフランツェーズィッシャー大聖堂と、ドイツ大聖堂が対になるように北と南に建ち、その中央に大階段を据えたコンツェルトハウスが建っている。

 そのコンツェルトハウスの前の若き日のシラーの記念碑の前に、ボロボロの黒い軍服を着た、血色が悪くも体格のいい長髪の男が、眉頭を寄せ、腕を組み立っていた。

 バルトロマイはテリトリー内に侵入した二人に気付くと、見遣った。ヤコブとシモンは、大聖堂を背に対峙する。


「待ち構えていた。舞台は整えてある」

「みたいだね」

「わざわざ(わり)ぃな」

「我が名は、『憎悪のバルトロマイバルトロマイ・デア・ハス』」


 バルトロマイは簡潔に名乗りを終えると、掌を灰色の空に掲げた。すると、宙に風船大の黒い大きな泥溜りが現れ、ヤコブを目掛けて放たれる。


防御(フェアヴァイガン)!」


 ヤコブは防御を展開するが、泥の塊が付着し、またたく間に防御壁が食われ始める。


「ヤコブ! 逃げた方がいいよ!」


 直感が働いたシモンの機転で、防壁を食った泥からヤコブはギリギリ回避した。しかし、逃げるヤコブの背に向かって泥の塊が次々放たれる。


「穿つ! 闇世への帰標(ベスターフン・ニヒツ)!」


 シモンは泥の塊を撃ち落とそうとするが、光線は通り抜け全く効果はない。

 追われるヤコブはフランツェーズィッシャー大聖堂の屋根に逃げ、彫像と展望台を盾にしながら避け、隣のコンツェルトハウスの屋根に飛び移りまた屋根を走る。

 そして、その隣のドイツ大聖堂にまた飛び移ろうと跳躍した瞬間。泥の塊が肩を直撃した。体勢を崩されたヤコブは地面に落ちて転がり、追加で四発食らって身動きが取れなくなる。


「くそっ!」


因蒙の棺ザーク・レミニスツェンツ!》


「!?」


 バルトロマイの棺が発動する。最初は肩が沈む感じがするが、だんだんとヤコブの身体全体が泥の中に沈んでいく。


「ヤコブ!」


 シモンは駆け寄るが間に合わず、ヤコブは黒い沼の中にドプンッと落ちた。


「ヤコブッ!」

「ビフロンスを召喚する」


 坦々と進行するバルトロマイは掌の紋章(シジル)を翳し、使役するゴエティア・ビフロンスを召喚した。ダークブラウンの中折れ帽と外套を身に着けた、紳士のような格好の悪魔だ。


「使徒の相手は我が契約者だ。我は、お前の仲間を仕留めに行く。ビフロンス。其方(そちら)は任せる」

「畏まりました。主様」


 この場をビフロンスに任せたバルトロマイは、沼状の棺の中に消えていった。

 主を最敬礼で見送ったビフロンスは後ろで手を組み、細めた目と弓形の口の顔を上げた。シモンは、一対一で戦闘が始まる覚悟で身構える。


「噂を聞いた所、使徒は五人居ると伺いましたが?」

「ボクだけじゃ不満?」

「不満と申しますか……。敵ながら心許無いなと思いまして」

「心配ありがと。でも、もうちょっとでみんな来るよ」


 その予告通り、程なくして、アルバイト途中のペトロと、事務所からユダとヨハネが駆け付けた。


「ヤコブは?」

「棺の中」

「今回の棺も特殊な形状だな」


 シモンの視線の先にある、黒い地面に同化する泥溜まりを三人も見遣った。


「仲間の方が、御到着されましたね。揃われたようなので、御挨拶させて頂きます。私奴(わたくしめ)は、ゴエティアのビフロンスと申します。本日は私奴にお付き合い下さり、恐悦至極に御座います」


 ビフロンスは胸に手を当て、敵の使徒に対して敬礼をする。


「ご丁寧にどうも。そんな挨拶をしてくれたゴエティアは、初めてだよ」

「喜んで頂き、光栄に存じます。皆様に楽しんで頂けるよう、此のビフロンス、善処して参ります」


 メガネの奥で微笑むユダと、わざとらしい笑みと丁寧な言葉遣いが気持ち悪いビフロンス。その表情の裏では、既に戦いが始まっていそうだ。


「其れでは、始めさせて頂きます」


 ビフロンスはジャケットの懐から、クルミほどの大きさの宝石を二つ取り出した。


「宝石?」

「此れが、私奴の得意とする戦術で御座います」


 そう言って宝石を握り潰すと、小さく砕かれた宝石を空中にばら撒いた。すると、砕かれた宝石を芯に青い火が灯り、それを目印に黒い塊が尾を引いて四方から集まって来た。そしてそれらは塊となり、半透明の黒い人形(ひとがた)になった。


「何だ、こいつらは!」

「眷属を喚び出したのか!?」

「いいえ。喚んだのは亡霊です」

「亡霊?」

「まさか、別パターンの死徒!?」


 ヨハネの一言に、ビフロンスは一笑する。


「冗談は止して下さい。私奴は、主様である死徒を隷従とは致しません。此等(これら)は、力を持たない(ただ)の亡霊です。皆様のお相手に喚び寄せました」

「何だ。それなら安心だ」


 ペトロは安堵の一言を漏らすが、ビフロンスは嫌らしく口角を上げる。


「そうでしょうか。皆様が此の者達と戦うなんて。其れは、使徒の存在意義に反するのではないでしょうか」

「何を言ってるんだ、こいつ」

「みんな。悪魔の言うことだ。耳を貸す必要はないよ」

「宜しいのですか? 素直にお聞きになられた方が、皆様の為と存じますが」


 悪魔の言葉は人を惑わせる。だから聞く必要はないとわかっていても、そう言われた四人はなぜか耳を傾けてしまう。


「亡霊とは、()の世で非業の最後を遂げた人間の未練が形となった存在です。使徒とは、悪魔を祓い、悪魔に憑依された人間の心を救うのですよね。亡霊も、其れと同じ様な物では御座いませんか?」

「同じ?」


 ペトロは怪訝な表情で問い返す。


「意識的に受けた感情ではなく、理不尽によって否応無しに抱かされた闇を持っている。と言う事です」

「何を言っている。僕たちを混乱させるつもりか」

「いいえ。ですが、そうではありませんか? 生きているか死んでいるかの違いなのです。救われるべき存在は、皆様が其の目で見ている物だけでは無いのですよ」


 たかが悪魔の戯言に、四人は困惑の表情をする。日々救っている憑依された人々も亡霊も、同じ苦しみを抱えている。そんなことを言われてしまえば、亡霊を敵と見做していいのかと迷いが生まれる。


「皆様は、此の亡霊達を無情に消せるのですか?」


 使徒の心理をつついて揺さぶるビフロンスは、目を細めニタリと笑った。




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