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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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18話 ユダの気遣い(プレッシャー)



 スキンケア商品の広告撮影当日。再び会社に訪れたユダとペトロは、先日打ち合わせしたフロアとは別にあるビル内のスタジオでの撮影に挑む。

 ペトロは、スタジオのすぐ側に設けられている控え室で、衣装に着替えていた。ユダは、事務所のヨハネとスマホでメッセージのやり取りをしながら、着替えを観察している。


「それにしても、こんな短期間に三つも仕事が舞い込むなんて。さすがに、ここまで予想はしてなかったよ」

「ま。今回は、運が味方した感じだけどな」

「運も実力のうちだよ」

「運は運だと思うけど……。というか。衣装すごいシンプル」


 今回の衣装は、大きめのワイシャツとダボダボパンツのみで、アクセサリーもない。着たはいいが、これでいいのかとペトロは疑問だ。


「柄物や装飾が付くと、そっちに目が行っちゃうからね」

「そういうことか。だからCMの内容が入って来やすいんだな」

「ペトロだったら、どんな衣装でも全然問題ないと思うけどね。それにしても、結構サイズ大きめ?」


 ユダはおもむろに、ワイシャツの上から両手でペトロの腰を触った。ペトロは若干細身だが、シャツの前をズボンにinしていても結構布が余っている。


「サイズは48インチだった」

「普通のと比べると、ちょっと大きめの作りかもね。あと……下、何も着てない?」

「うん。着るものは、ワイシャツしか置いてなかったから」


 何か不満があるのか、ユダは難しい顔をして「うーん」と小さく唸る。

 するとそこへ、ヘアメイクの女性二人が部屋に入って来た。衣装担当の男性も一緒にいたので、ユダは彼に訊いた。


「すみません。ワイシャツの下に着るもの、ありませんかね」

「何か問題ありました? 見たところ、イメージ通りですけど……」


 衣装担当がペトロに近付こうとすると、ユダは笑顔で彼とペトロのあいだに壁になるように立った。


「私的に問題ありです。なので、今すぐインナー持って来てもらえますか?」

「いや。でも、このままで何も……」

「持って来てもらえますか」

「……わ、わかりました」


 繰り返しお願いすると、ユダの笑顔の奥の圧に負けた衣装担当は、インナーを探しに出て行った。


「何がそんなに気になったんだよ」


 ペトロはきょとんとして、ユダの配慮に全く気付かない。

 インナーが届けられるまで心配なユダは、自分が着ていたスーツのジャケットをペトロに羽織らせた。


「少しのあいだ、これ着てて」


 よくわかっていないペトロは、冷房で冷えないように気を配ってくれたんだと思った。

 その後、ペトロがインナーを着たのでユダも安心し、準備万端で撮影が始まる。


「ペトロくん。そのネックレスは取ってもらってもいいかな」


 付けたままのネックレスに気付いた衣装担当は、外すようお願いした。


「じゃあ、私が預かるよ」

「よろしく。なくすなよ?」

「わかってるよ」


 ユダはペトロからネックレスを渡された。その瞬間。


「……」


 ネックレスから()()を感じ取った。

 撮影はCMから撮り始める。スタジオにはセットでバスルームが再現され、洗面台の前に立つペトロはCMディレクターに演技指示を受ける。

 しかしユダは、ペトロから預かったネックレスから視線を外せなくなり、撮影に集中できなかった。


「……知ってる……?」

(でも、思い出すことは何もない……。それはそうか。これはペトロの持ち物だし、私の記憶とは関係ない。だけど……。なんで、こんなに気になるんだろう……)


 スタジオの端に佇むユダの掌のアンティークネックレスは、撮影の照明を僅かに受け鈍く光を放つ。


「T……」




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