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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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11話 誓いの剣



 外のユダたちは悪魔の動きを封じてくれたが、救い方がわからないペトロは、立ち尽くし悩み続けていた。


(何に対して寄り添えばいい? この人のどの気持ちを、掬い取ればいい?)


 女性はずっと罪悪感を呟き、自身を責め苛んでいる。その罪悪感を軽くしなければ、ユダたちも悪魔と繋がっている鎖を断ち切れず、女性は救われないままだ。


(愛する旦那さんがいたのに、再婚したこと? できなかった子供が、できてしまったこと? 前よりも、幸せを感じてしまっていること? 何を言えば、救うことができるんだ!?)


 懊悩するペトロは答えが出ず、女性の傍らから一歩下がった。


「……オレじゃ、ダメなのか……?」


 そしてとうとう、その口から諦めの言葉が漏れた。


(使徒になれるって知って、強くなろうと固く決意した。上手くいかなくても、自分のためになるならどんなことでもやってやるって意気込んだ。だけど、それじゃダメなんだ。自分のことばかり考えてたら、一人も救えないんだ。人々のために、自分が強くなることが大事なんだと思ってた。オレは、使徒の在り方を根本的に履き違えてた……)


「使徒」の働きを思い違っていたことに気付いたペトロは、愕然とする。新しく開かれた道に意気込んで踏み込んだのに、自分の心構えは間違いだったんだと、救い倦ねる場面で思い知らされた。

 しかし。だからと言って諦め、逃げ出すことはできない。それは、使徒として救わなければならない目の前の人を見捨てることであり、使徒になる決意をした自身の心に決めた意思にそぐわない選択だ。

 深層(ここ)にいるということは、ペトロには使徒の役目を全うする義務がある。

 するとその時。女性が呟いた。


「ごめんなさい……。大切なあなたを裏切って……私だけ幸せになろうとして……。本当にごめんなさい……」

「……!」


 ペトロはその言葉にハッとし、過去の記憶がフラッシュバックした。

 その一瞬で僅かに震え出した自分の手に気付くと、記憶と罪悪感を抑えるようにギュッと拳を握った。


「そうか……」

(この人は、愛する旦那さんがいたのに、再婚したことを後ろめたく思ってる。そして、新しい旦那さんとのあいだに子供ができたことを、申し訳なく思ってる……。でも、そうじゃないんだ。この人が、一番罪深く感じているのは……)

「亡くした旦那さんと、ずっと幸せに生きることを望んでたんだ」

(きっと二人は深い愛で結ばれてて、絆があって、お互いがなくてはならないくらい愛し合ってた。この人にとって亡くした旦那さんは、自分の命の半分だと思えるくらいの人だった。“運命の人”だったんだ。だからそんなに、罪深く感じてるんだ……)


 救い取るべき気持ちをようやく見つけたペトロは、女性の傍らにしゃがみ、優しく言葉を掛ける。


「大切な人を喪うのは、とても辛いよ。悲しみと絶望しかないし、生きる希望も失くす。オレにも覚えがあるから、その気持ちは痛いほどわかる」

(毎日一緒にいて、楽しくて、幸せで、ずっと続くと信じてたものがある日突然奪われる、愕然とした感情も。全てが灰になったような、虚無感も。出なくなるくらい涙が枯れてしまう、一人ぼっちの夜も。オレはたぶん、似たものを知ってる。生きることの意味を、永遠に考えたりとか。自分だけ生きてることが、許せなくなるとか……)

「だけど。罪悪感ばかり募らせても、生きることが辛くなるだけなんだ。自分の首を絞めてるだけなんだ。そんなのは、生きてるとは言えない気がする。でも。自力で罪悪感を消せるほど、強くないのもわかってる。だから、人を頼るんだ。自分を支えてくれる人を、無意識に探してしまうんだ。だからあなたにとって再婚は、自分自身を救うための手段だった。だけどその手段が、あなたを苦しめてる」


 しかしペトロは、彼女の選択が罪悪感を助長させたなんて言葉は、選ばない。


「でも。それでいいと思う。救われたなら、あなたが選んだ手段は間違ってない。それも、あなたが救われる手段の一つなんだ」


 女性は瞳を潤ませて、ペトロに顔を向ける。


「……私が救われる、手段……? これが?」

「その手段は、亡くなった旦那さんを裏切ったのかもしれない。でも。罪悪感を一人で抱えていくのは大変だから、気持ちが少しでも楽になれる方法を、罪悪感の裏で無意識に探したんだ。一度愛した人を一生忘れられなくても、支えてくれる人を」


 ペトロの言葉に、女性は何度も頭を振る。


「でも。ダメだと思ったの……。私と彼に、代わりなんていない……。お互いの愛しか知らなかったから、与えられるのもお互いしかいないって……」

「オレも、唯一無二の代替できない大事なものがあった。でもあなたの愛は、代替が許されると思う。愛は人それぞれで、与えられ方も、受け取り方も違うと思うから。だから。亡くした旦那さんの愛も、今もらってる愛も、どっちも違うから、両方大事にしていいと思う」

「両方、大事に……」


 それでも女性は、片方の愛だけを贔屓するように想いたいと表情で語る。そんな彼女に、ペトロ言う。


「こう考えられませんか。代替できるものだから、あなたは愛を二つも大事にしている。あなたの宝物は、一つじゃなくてもいいんですよ」

「……いいの……? 私は、二つの宝物を、持っていていいの?」


 ペトロは女性の背中に触れ、柔和な面持ちで頷く。


「代替できるけど儚いものだから、両方とも、大事にしてください。亡くした旦那さんへの愛も。今の家族への愛も。それがあなたの幸せになる時が、いつかきっと来ると思うから」


 ペトロの言葉を受け取った女性は、二筋の涙を流した。そして感謝の代わりに、切なげで、前向きになれそうな予感の笑顔を見せた。

 二つの結婚指輪に雫が落ちると、深層世界に光が広がっていった。




「───っは!」


 深層から帰還したペトロは勢いよく顔を上げ、息継ぎをするように息を吸い込んだ。


「ペトロ!」

「戻って来た!」

「ペトロくん、大丈夫?」


 ペトロの無事の帰還を待っていた四人は同時に安堵の表情を浮かべ、ユダはすぐに側に駆け寄った。


「よっし! あとは、俺らに任せとけ!」

「オレなら大丈夫。いける」

「いける、って……。ペトロくん」


 初めての深層潜入で精神的負荷を負ったペトロだが、心配するユダを尻目にもせず、しっかりした足で立ち上がった。その表情からは、一種の自信が窺えた。


「じゃあ、俺が援護してやるよ! 心具象出ヴァッフェ・ダーシュテーレン─── 〈悔謝(ラウエ)〉!」


 ヤコブは自身のハーツヴンデの斧〈悔謝(ラウエ)〉を具現化させ、悪魔と女性を繋げている鎖を断ち切った。


「行け! ペトロ!」


 最後まで使徒の使命をやり遂げることを望むペトロも、自身の胸に一度手を当てた。


(わかる。オレにもできる。自分の力で最後まで……!)

心具象出ヴァッフェ・ダーシュテーレン───」


 ペトロが手を伸ばした先に光が集まり、次第に形を成していく。


「〈誓志(アイド)〉!」


 光の集合体は、その見目には似つかわしくなくても、堅忍な意志に見合った剣の形を成した。

 それがペトロのハーツヴンデ、〈誓志(アイド)〉だ。

 ペトロは己の剣を握り締め、悪魔に突進し振り上げる。


「濁りし魂に、安寧を!」


 そして、拘束された悪魔を一刀両断した。

「∀∑ャア&……!」エネルギーの供給を断たれ、再生も敵わない悪魔は成す術もなく、塵となり消え去った。


「よっしゃあー! よくやったじゃねぇか、ペトロ!」


 終わった瞬間に、ヤコブは勢いよくペトロの肩を抱いた。


「やったね、ペトロ!」

「一度に深層潜入も祓魔もするなんて、驚いた」


 ヤコブたちに褒められるペトロだが、ホッとしたのか呆然としている。

 守護領域が開放されると、周りで戦いを見守っていた多くの人々が、拍手や指笛を鳴らしながら使徒を取り囲んだ。


「今日もありがとう!」

「あなた、新しい使徒よね! すごかったわ!」

「どうなるかとソワソワしたが、かっこよかったぞ!」


 この状況ももう何度か経験しているペトロだが、ハグをされたり握手を求められても、やはり呆然とした様子で人々の反応を見回した。


「ペトロくん。大丈夫?」

「ユダ」

「みんな、きみに感謝してるんだよ」

「……オレ、ちゃんとできたのか?」


 そこへ、女性の夫がペトロのもとへやって来た。


「あの! 妻を助けてくださり、ありがとうございました!」


 彼は涙を浮かべ、ペトロに感謝の言葉を贈った。抱き上げている三歳くらいの男児に「この人がママを助けてくれたんだよ」と父親に教えると、彼も「ありがとう」とお礼を言った。

 彼らの後方には、女性に付き添う彼女の母親らしき人の姿と、ベビーカーが見えた。


「これが、その答えだよ」


 ユダも微笑みで、ペトロの検討を称えた。

 ペトロは確かに、一人の女性を救った。そして、彼女とその家族の笑顔も守ったのだ。




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