13話 近づいてはいけないもの
「どうしたんだよ、ヤコブ。今日はやけに大人しくないか?」
「会うの久し振りだから、緊張してんだよ。しかも、MVなんて初めてだし」
「なんだよ、らしくないな。知り合いから指名されたんだから、もっと喜べよ」
「これでも喜んでるって……。ていうか。曲はもうできてるの?」
感情の不調を感付かれる前に、ヤコブは自ら話題を逸らした。
「もちろん。今日はデモも持って来たから、ぜひ聴いてほしいんだ」
アレンはショルダーバッグからノートパソコンを出し、曲の再生準備をする。
「曲名は『pride of a timid person』。挫折と勇気をテーマに作ったんだ」
ヤコブとヨハネはノートパソコンに繋げられたイヤホンを着け、流れてくる曲を聴いた。
バラード調で始まった曲はサビになると疾走感のある曲調になり、歌唱も、語り掛ける歌い方から力強い歌声に変わる。聴いていると、その世界観に引き込まれるようだ。
四分強の曲が終わりイヤホンを外した二人に、引き締めた表情でアレンは尋ねる。
「どうですか」
「僕は好きです。真っ直ぐな歌詞が心に突き刺さって、勇気をもらえた気がします」
「ヤコブは?」
再生が終わったパソコン画面を見つめて、ヤコブは呟くように口にする。
「……変わってないな」
「ダメか……」
ダメ出しをされたと思ったアレンは、ちょっとがっかりした。しかし、そういう意味で言ったのではないヤコブは焦って訂正する。
「あ。いや、ダメじゃなくて。昔のバンドの感じが残ってて、ちょっと懐かしいなって……。俺も、この曲好きだよ」
そう言ったヤコブの表情が、この席で初めて和らいだ。一度はがっかりしたアレンも、ヤコブの反応に胸を撫で下ろす。
「よかったー。出てほしいヤコブにダメ出しされたらどうしようって、昨日眠れなかったんだよー」
「おかげで明け方まで電話に付き合わされて、こっちまで寝不足だよ」
「ごめん、ジェレミー。お詫びに、夕飯なんでも奢る!」
仕事の話の途中だというのに、アレンたちはじゃれ合い始めた。メンバー同士の仲もよく、雰囲気がいい。
「この曲のMVに、俺が出るのか」
「引き受けてくれるか?」
聴かせた新曲の感触もよく、これなら引き受けてくれるだろうとアレンは期待した。
尋ねられたヤコブは即答せず、数秒沈黙して口を開いた。
「悪いけど。いったん考えていいか」
保留をするのが意外だったヨハネは、ヤコブを見た。
「いろいろ、忙しいか?」
「いや、そんなことないです。寧ろ、仕事を欲してたくらいですよ。なのに、どうしてだよヤコブ。断る理由なんてないだろ」
「でも。考える理由が俺にはある。だから、少し待ってくれないか。アレン」
「大丈夫、待つよ。いい返事を待ってる」
アレンと再会したヤコブはその後、誰から見てもいつもと違って大人し過ぎるのは明らかだった。せっかく指名で来た仕事を保留にしたと聞いたシモンも、元気がないのが心配で、夕食後からベッドに寝ているヤコブの隣で一緒に寝転がっている。
「ねぇ、ヤコブ。本当に、なんでその場で出演OKしなかったの? 断るつもり?」
「だから、考えたかったんだって。断るつもりもない」
保留にした理由を尋ねてみるが、背中を向けられたまま曇りがちの声で返答される。
「じゃあ、なんで」
「いろいろあるんだよ」
「いろいろって、何? 嫌なことされて、根に持ってるとか?」
「んなこと……。年離れてたけど、アレンたちはすっげー仲良くしてくれたよ。みんなでいるときは、五人兄弟かってくらいだった」
「それなのに、ちょっと待って状態なんだ?」
兄弟だと思えるほどに仲がよかった相手で、蟠りも何もないというのなら、ヤコブはなぜこんなに物憂げなのだろう。
ヤコブが抱える事情に繋がるものを、なんとなく感じて気掛かりなシモンは、起き上がって尋ねる。
「ヤコブの過去にあったことと、関係してる?」
ヤコブは、にわかに驚いた顔を向ける。
「なんで……」
「この前も言ったでしょ。バンデだから、ヤコブが今どんな心境なのかはなんとなくわかるって」
シモンは、助けになることがあればなんでも言ってほしいと微笑する。こんなに気持ちが塞いでいるヤコブを見るのは初めてだから、心配で仕方がなかった。
寝転がっていたヤコブは起き上がり、伏し目がちになって心配してくれているシモンに言う。
「……俺は、音楽に近付いちゃいけないんだ」
「近付いちゃいけない?」
「聴くことはできる。けど、それ以上のことは許されない」
そう言った瞬間、僅かに表情がしかめられた。厭わしげで、拒絶するような。シモンはその様子から、ヤコブが何か罪悪感を抱いているのだと感じた。
「音楽が、ヤコブを拒んだの?」
「そうじゃない」
「だよね。ヤコブ、音楽聴くの好きだもんね。足でリズムを刻んで、手を動かしたりして……。でも、音楽は誰も拒まないよ」
ヤコブが目を上げると、シモンは笑い掛けていた。
「拒まない?」
「そう。心と同じで、誰でも触れられる。だから、近付けないって思うのは、きっと気のせいだよ」
「……」
シモンに後押しされたヤコブは、また俯いて沈黙する。その目には、今まで現れたことのない迷いと、恐れがいた。
だがヤコブは、シモンの「音楽は誰も拒まない」という言葉を信じてみたかった。
「……明日、MV出るってヨハネに言うわ」
「うん。念願の指名なんだし、断ったらもったいないよ」
「ああ。そうだな」
ヤコブは、感謝の気持ちでシモンの頭をポンポンと撫でた。この仕事が上手くいくよう、願いも込めて。




