12話 イントロダクション
MV出演オファーのメールをもらった翌週。ヤコブはヨハネに付き添われて、先方との待ち合わせ場所に向かった。
指定されたのは、フリードリヒシュトラーセ駅の目の前にあるブランチレストランだ。窓が大きく開放感があり、板張りの床に白いテーブルと椅子で、爽やかな印象の店だ。
到着すると、既にバンドマンたちがテーブルで待っていた。彼らが今回のオファーをした四人組インディーズバンド、「BY YOUR SIDE BOYS」だ。バンドマンらしく、自身の片割れのギターやベースを窓や柱に立て掛けている。
四人と合流し握手を交わしたが、メンバーの一人がヤコブのことを知っていた。
「久し振り、ヤコブ。覚えてるか?」
「えっと……。アレン?」
「昔と髪色違うから、わからなかっただろ」
「知り合いなのか、ヤコブ?」
「うん。まぁ……。地元でな」
思いがけない再会に、ヤコブは戸惑っている。どうやら、バンドメンバーとは以前からの知り合いのようだ。
その辺りの話はいったん後回しにし、マネージャーとして来たヨハネは仕事の話を始めた。
「今回はうちのヤコブに話を頂き、ありがとうございます」
「こちらこそ。ダメ元でメールを送ってみたんですが、話を聞いてくださるとは思いませんでした」
「メンバーは四人なんですか?」
「はい」
質問を受けた、人当たりの良さそうな印象のリーダーのアレンは、自分の隣から順番にメンバーを紹介する。
「オレがギターボーカルで、セドリックもギター、ジェレミーがベースで、バルナバスがドラムです」
「では、まず。これまでの活動を伺っても?」
「はい、もちろん。───元々のバンドは、イングランドの学校で知り合ったメンバーで結成して、活動していました。一人欠けて一度活動休止になったこともありましたが、セドリックがジェレミーを紹介してくれて、二年前に一年の約束でレーベルと契約して拠点をこっちに移しました。ですが、結果を出せなかったので、今はまたインディーズとして活動してます」
「つまりは、売れなかったということですか」
ヨハネは、依頼者の経歴を明確にする目的でオブラートに包まず言った。だがアレンたちは、不愉快を顔に出さない。
「自信はあっけどさ、現実は厳しかったな。でも、チャレンジできたのは財産になった」
「声を掛けてもらえたってことは、売れる可能性を持ってるってことだもんな」
「だから故郷には帰らず、ここで活動を続けてるんです」
厳しい現実を捉え希望も捨てていないメンバーたちは、一言ずつそう言った。ヨハネは彼らに好印象を持った。
「新曲も、コンスタントに出しているんですか?」
「はい。その方が、またレーベルに声を掛けてもらいやすいですから」
また、アレンが中心となって答え始める。
「MVは、いつもタレントさんを使ったりしてるんですか?」
「いいえ。そんな金もないので、友達に出てもらったり自分たちだけだったりです」
「それじゃあ。どうして今回は、ヤコブにオファーを。知り合いのようですが……」
「ヤコブとは、昔からの知り合いなんです。な?」
「ああ……。うん。そう」
ヨハネの隣で借りてきた猫のように大人しくしているヤコブは、短くあっさり相槌を打った。いつもと違い表情が少し固く見え、どうしたのだろうとヨハネは思っていた。
「最後に会ってから、もう八年くらい経つよな。ずいぶん大人っぽくなったなぁ」
「照れ臭いからやめろよ、アレン」
「昔はお兄ちゃん子で、よくオレたちの練習にも付いて来てたよな」
「昔話はいいって……」
懐かしむアレンと違って、ヤコブは昔話を嫌がった。だがその表情は、照れ臭いというよりも、気まずそうな感じだ。あまり視線も合わせようとしない。
「ヤコブのことは、やっぱりSNSで?」
「使徒と悪魔の話は聞いたことあったんですけど、オレたちが住んでるパンコウ区では見たことなかったんで、SNSで写真を見た時は驚きました。あのヤコブが使徒? しかもモデルもやってるじゃん! て。だから、活躍してるのが本当に嬉しくて」
表情を綻ばせて話すアレンは、弟を溺愛する兄のように心からヤコブの活躍を喜んでいるようだ。
「それじゃあ、縁を感じてオファーをしてくださった感じですか」
「はい。知り合いだからって、不純ですよね」
「そんなことはないですよ。ヤコブも、知り合いと再会できたの嬉しいだろ」
「えっ……。まぁ。そうだな。連絡もしてなかったし。こっちに来たことも言ってなかったし」
一体どうしてしまったのだろう。浮かべるのはぎこちない笑みで、今日はいつものヤコブらしさが全くない。なので、ヨハネも気になり訊いてしまう。




