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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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9話 辿る輪郭②



「車の免許取得の勉強を始めたのも同時期で、それまでは社会の情報収集をしたり、自転車でいろんな場所に行ってた。その時に街にカフェが多いのを知って、いろいろ巡ったよ」

「だから、結構カフェの場所知ってるんだ。デリバリーやってるオレ以上に知ってるもんな」

「以上は言い過ぎだよ」


 ユダは謙遜するが、街には密集するほどカフェが多いのに、デートで同じ店に入ったことがないくらい熟知している。「あそこのコーヒーがおいしい」「スイーツにハズレがない」と連れて行ってくれるが、本当においしいカフェしか行ったことがない。ペトロはその理由を、今日初めて知った。


「なぜか、コーヒーの香りに引かれるんだよね。こっちに戻って来てすぐに立ち寄ったのも、カフェだったし」

「そういえば、家での淹れ方も拘ってるよな。豆で買って来てミルで潰してさ。しかも、リビングで飲むやつと部屋で淹れてくれるやつ、味違うよな」

「言うほど拘ってないよ。リビング用は、みんな好みが違うから、苦味と酸味と香りのバランスがいいブレンドにしてるだけだよ」


 リビングルームで食後に飲むコーヒーは後味がすっきりしていて、部屋で淹れるものはコクがあり香りが立っている。いずれも豆を買い、手回しミルで挽いてコーヒーポットでお湯を沸かし、陶器製のドリッパーで淹れている。共同生活が始まる前からの拘りで、ヨハネたちはユダに倣って同じ淹れ方をしている。


「もしかしたら記憶失くす前、バリスタのバイトでもやってたんじゃないの?」

「だとしたら、どこかのお店で声掛けられてもおかしくないと思うけどなぁ……」


 ユダは冷たいアメリカーノコーヒーを啜り、視線を左上に向けた。


「あ。そうそう。ヨハネくんと出会ったのも、引っ越したあとなんだ」

「使徒の活動始める前に?」

「そう。知り合ったのは散歩してる時だったんだけど、同じ集合住宅の隣の部屋に住んでて驚いたよ」

「すごい偶然だな」

「ヨハネくんにもお告げがあったのを聞いてから、一緒にごはん食べたりして仲良くなったんだ。あの頃は、だいぶ助けてもらってたなぁ」


 ヨハネからは、補完できていなかったこまごまとした一般常識を教えてもらっていて、世話になっていた。


「ヤコブとシモンとは、いつ頃知り合ったの?」

「確か、去年の今頃かな。街の人に、少しずつ異変が起き始めてた頃だから」

「でも一年前って、まだ悪魔は現れてなかったよな?」

「その頃は、憑依された悪魔の影響で気持ちが塞ぐ程度の状態だったけど、たまに酷く苦しんでる人がいたから、軽い深層潜入で救ってたよ。悪魔は、出て来ないと祓魔できないからね」

「そんな初期段階から、使徒の活動やってたんだ……。ユダはその頃は、深層潜入できたのか?」


 尋ねると、ユダは「ううん」と首を横に振った。使徒に選ばれたはずが、軽い深層潜入すらできなかったのだ。


「ヤコブくんとシモンくんは私たちとは別で同じことをやっていて、駆け付けた現場でお互いの存在を知ったんだ。そこから行動をともにするようになって、そのうち街の人にも存在が知られた。それから、いつの間にか『使徒』って呼ばれるようになって、ヒーロー的な認知をされて……」

「『使徒』って、どこかの誰かが勝手に言い出したのか。知らなかった」

「そののちに企業のイメージキャラクターをやり始めて、事務所を立ち上げたって感じかな」


 話を聞き終わったころには、フライドポテトはなくなっていた。気付けばお腹も満足だった。


「ちゃんと聞いてみると、怒濤の一年半だったんだな」

「悪魔との戦いは最初はわからないことだらけで、みんなでテンパってたなぁ……」


 ユダは、ほんの数ヶ月前のことを昔のように思い出し、懐かしんだ。


「ユダでもテンパることあるのか」

「当たり前だよ。記憶はないし使徒にはなるしで、順応するの大変だったんだから」

(それはそうか。オレですらわけわかんなかったんだから、ユダはその倍の苦労をしたんだよな……。あ)


 これまでの話を聞いたペトロは、ふと気付いた。ユダが記憶喪失でも平気でいられて、普通に振る舞えている理由が。


「そっか……。ユダが不安を覗かせたりしないのは、助けてくれるヨハネたちのおかげなんだな。記憶がなくても支えられてるから大丈夫だって、安心してるんだ」

「そうだね。使徒になれてなかったら今もずっと一人で、記憶がない不安を抱えながら過ごしてたかもしれない。だから、こんな私でも付いて来てくれるヨハネくんたちには感謝してるよ」


 使徒のリーダーであり事務所の社長でもあるユダは、自分たちを支えている方なんだとペトロは思っていた。けれど本当は、仲間に支え続けてられいる。だから背後が真っ暗でも、不安を不安と感じることなく立ち続けていられるのだ。


「オレも、ユダを支えられるかな」


 自分も必要だろうかと呟くペトロに、ユダは穏やかに微笑む。


「十分支えてくれてるよ」


 ペトロといることで少し色付いた無地の紙が重ねられ、無色透明だった自分の未来が描かれる気がすると言っていたように、ユダにとってペトロは、確かに意味のある大切な存在だ。

 例え過去がなくても、未来に不安があったとしても、ペトロがいれば何も恐れることはないと、不確かな確信を抱いていた。




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