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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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6話 勝負の決め手は?



 ペトロとヤコブの「仕事争奪ショート動画いいね対決」が始まってから、一週間後。

 この日の夜、投票結果が出た。どちらが優勢だったかは、最終日のSNS閲覧を封印した二人は知らず、応援団長のユダとシモンからも聞かされていない。

 夕食が終わったリビングルームで、ヨハネから結果が発表される。ヤコブだけは、ものすごく緊張感を醸し出していた。


「それじゃあ、それぞれのいいねの数を発表する……。ペトロは、1万1548いいね。そしてヤコブは、1万997いいねだ」

「なっ……!」


 結果を聞いたヤコブは、「ガーン」の効果音が聞こえそうなほど愕然とする。自身でも投票数を確認したが、ヨハネの発表に間違いはなかった。


「この勝負、ペトロの勝ちだね」


 ペトロの応援団長のユダは、勝利に誇らしげだ。一方のシモンは、ヤコブが勝てず肩を落とす。


「551票差かぁ。惜しかったね、ヤコブ」

「信じらんねぇ。俺があんなダンスに負けるなんて……」

「オレも。あんなダンスで、こんなにいいねもらえるなんて思わなかったよ」


 絶対的自信があったヤコブからしても、絶対的に自信がなかったペトロからしても、その結果は予想外だった。


「でも、ペトロの勝因はあのダンスみたいだぞ。通称“ぶきっちょダンス”」


 ちょっとリズムがズレていて振り付けもぎこちないペトロのダンスは、投稿初日から「かわいい」と好感触だったが、いつしか“ぶきっちょダンス”という呼び名が広まり、観る人が増え、それも票を伸ばした要因だ。

 ペトロは、恥ずかしさで両手で顔を覆う。


「あんなのが世の中に広まったなんて……」

「あれもペトロの魅力だよ。私もかわいいと思ったし」


 慰めるユダは、ペトロの頭をポンポンした。イチャイチャを正面から眼球にぶち込まれたヨハネは、右ストレートを食らったが、ダウンは免れた。


「と……とりあえず、結果は出た。異論はあるか、ヤコブ」

「異論唱えまくりたいところだけど、この勝負を持ち掛けたのは俺だ。悔しいが、負けを認める……!」


 ヤコブは奥歯を噛み締め、悔しさを無理やり飲み込んだ。


「ペトロも、仕事受けるってことでいいか?」

「うん。ヤコブが納得するなら……。だけど。そんな、奥歯噛み締めて血を流しそうな顔するなら、仕事譲ろうか?」

「やめろ! 同情は惨めなだけだ!」


 自分から持ち掛けた勝負に負けた上に、同情されてはプライドが余計に傷付くと歯噛みするヤコブは、本当に口角から血を流しそうだった。


「ペトロ。ヤコブくんもこう言ってることだし、今回の仕事はありがたくもらおう。これで、事務所の看板はきみに決まりだね」


 その聞き捨てならない言葉に、ヤコブは食い付く。


「は!? 空耳か? 俺が、事務所の看板だったんじゃねぇのかよ!?」

「誰もそんなこと言ってないよ、ヤコブくん」


 確かに。稼ぎ頭なのは一応事実だったが、事務所の看板はヤコブの自称だ。その現実が明らかとなるが、ヤコブは「二番手」陥落が受け入れ難い。


「まさかとは思うけど。ユダ、お前何もしてないよな? ペトロを推したいからって、不正してないよな!?」

「不正なんてどうやってするの。これは、ペトロの魅力が世間に浸透し始めてる証拠だよ」


 ユダは嬉しそうにペトロの肩を抱いた。ヨハネに、アッパーカットがクリーンヒットする。


「……お前。だんだん正体現し始めたな」


 事務所で最年長の二十二歳で、落ち着いた雰囲気が自分たちと比べるとだいぶ大人で、振る舞いも紳士的だったのに、ペトロ愛が表出してからは以前と比べると紳士さが薄れたと感じるヤコブ。

 本当に不正はしていないだろうが、口惜しさと嫉妬を味わったヤコブは、ヨハネの辛さが少しわかった気がした。


 その後。部屋に戻ってもヤコブは結果を引き摺っていた。


「あーっ、マジで悔しい! あと三日あれば、絶対逆転できた!」

「本当に僅差だったもんね。ボクも、ヤコブが逆転するんじゃないかって思ってたもん」

「つーか! どっちを起用するか丸投げした企業が悪い!」

「それはすごく同意するよ」

(でも。最初はペトロで決まりそうだったことを考えると、企業の本心がどっちなのかは明らかな気もする……)


 シモンは心の中でそう思うが口には出さないでおき、ヤコブを慰めてあげる。


「ヤコブなら、もっと相性のいい企業との出会いがあるよ。それに、三社と専属契約してるんだよ? ボクはこの前二社目の専属が決まったばかりなのに、ヤコブはもっと早く三つも専属になったの尊敬してるよ」

「でもペトロは、俺よりも早い三社目の契約になる。きっと専属の話もすぐだ。あいつの方がすげぇよ」


 ヤコブは悔しがりながらも、ペトロを認める発言をした。そんな彼が、ペトロをライバル視しているように見えていたシモンは訊いてみる。




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