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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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10話 深層へ潜る



「ペトロくん。付いて来られてる?」

「大丈夫!」


 悪魔の出現を感知したユダとペトロとヨハネは、現場へ急行していた。


「ヤコブとシモンが、先に到着してるはずです!」

「休日だから人手も多い。なるべく早く片付けよう!」


 到着したのは、五つの通りが交差し、多くの飲食店などの店舗や大学があり、地下鉄駅もある交差点だ。

 すでに交差点を中心に展開されていた守護領域の中に、三人は飛び込んだ。


「二人とも、お待たせ!」

「状況は?」

「絶賛弱体化中!」


「ヴ@%ゥ!」鎌の腕を持つ悪魔は、振るった勢いでその腕から鎌を切り離した。黒い鎌は回転し、地面を裂きながら走り、五人は回避する。


「……∂メン、ナ§イ……∀ナタ……ゴ∑……」


 鎖から負のエネルギーを吸い取る悪魔の腕は、元の鎌の腕に再生し、独り言のような呻き声で使徒の動揺を誘う。


「誰が深層潜入行く?」

「じゃあボクが……」

「オレが行く」


 シモンが立候補しようとしたが、ペトロが名乗りを上げた。


「大丈夫。ペトロくん?」

「行かせてくれ」


 初めての深層潜入に、ペトロは気勢を示す。

 練習などできないので、ぶっつけ本番だ。ユダは案じるが、意気込む表情に引き止めることをやめた。どちらにせよ、やらなければならない使徒の重要な役目だ。


「わかった。気を付けて」

「よろしくね、ペトロ」

「無理するなよ」

「行って来い!」


 ヤコブに背中を叩かれ、仲間たちに応援されたペトロは大きく頷き、倒れる女性の傍らに座り手を握った。


潜入インフィルトラツィオン!》


 ペトロが深層潜入を開始したのを確認したユダたちは、悪魔へと意識を向ける。


「さあ。私たちはこっちをやるよ」

「四人掛かりでいかなくても、よさそうだけどな」

「じゃあ。ジャンケンして、誰が戦うか決める?」

「平等にそうするか! せーの! ジャンケン……」

「こら。ヤコブ、シモン、ふざけるな」

「二人とも。そんなこと言ってると……」


 空中から、黒い鎌が二つ回転しながら飛んで来た。回避した四人がいた場所が、ガリッと大きなバツを描いて抉られる。


「狙われるよ?」

「わーったよ。真面目にやるって。 降り注げ! 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


「℃§ァッ!」悪魔は光の弾丸を食らうが、攻撃してきたヤコブを狙い、再生させた鎌で街灯を切り倒した。軽々と見切ったヤコブは防御することなく回避し、道路の真ん中に立つ時計の上に着地する。


「飛び道具だから油断はできないけど、手こずることはなさそうだな」

「ペトロが頑張ってくれてるから、ボクたちも頑張ろ!」


 ヨハネたちは、目の前の敵に一点集中する。ユダも油断せずに相対するが、初めて深層潜入をしたペトロを気に掛けた。


(ペトロくん……)




 憑依された女性の深層に潜ったペトロは、真っ暗な深海のような中を深く深く降りて行き、底に行き着いた。


(ここが、深層……?)


 何もないだだっ広い暗い空間は、宇宙に投げ出されたような感覚だ。先が見えないせいで、どこまでも続き、歩いてもどこにも行き着かない無限の世界の恐ろしさを感じる。

 辺りには何枚もの写真と、思い出の品の数々。その中に、現実とは違う服装の女性が項垂れて座り込み、何かを呟いていた。


「私は、あなたを裏切った……。愛していたあなたがいたのに、新しい人を愛して幸せになってしまっている……。喪ったあなたのことを、ずっと愛すると誓ったのに……」


 女性の左手の薬指には、結婚指輪が控えめに輝いている。そしてその足元には、違う結婚指輪が二つ落ちていた。


(もしかして……。旦那さんがいたけど、亡くしたのか? だけど、そのあと再婚して、新しい家庭を築いてる。それを、前の旦那さんに対して罪深く思ってるのか……?)

「ただ、再婚するだけならよかった……。けれど……。あなたとのあいだにできなかった宝物が、できてしまった……。私は、嬉しいと思ってしまった……。あなたは、二人きりでもいいって言ってくれた……。私は……そう言ってくれたあなたと、人生最後の日まで添い遂げるつもりだった……。私も、それで幸せだったから……。なのに……」

(亡くした旦那さんと、どんなかたちでも幸せになることを嬉しく思ってた。だけど、新しい幸せのかたちを……“子供がいる”という幸せを知ってしまって、罪悪感を抱いてる……?)

「ごめんなさい……。あなたと約束した幸せを裏切ってしまって、ごめんなさい……」


 女性は、恐ろしい出来事に遭遇してトラウマを抱えているのではなさそうだったが、何を罪悪感と思い苦しんでいるのかはわかった。時には、こういったトラウマを抱えている人に寄り添うこともあるのだ。

 ところが。さっきまでの気勢の火を、ペトロは小さくさせてしまった。


(どうしよう……。オレは結婚なんてしてないし、恋人もいない。同じ経験をしてないから、何を言ってあげたらいいのかわからない)


 自分と似た経験をした人だと勝手に思い込んでいたせいで、自分とは全く違う境遇であることに困惑してしまう。

 女性は繰り返し、亡き元夫への謝罪を呟いている。だが。境遇が異なろうが、目の前で苦しんでいる彼女を救えるのは、ペトロしかいない。


(この人の気持ちに対して、オレは、どう寄り添ったらいいんだ……)




「貫け! 天の罰雷(ドンナー・ヒンメル)!」

「降り注げ! 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

「グ&$¿ッ!」


 ユダたちは攻撃をするが、悪魔が弱まる気配は一向にない。それどころか、黒い鎌が分裂するという攻撃に進化し、一同を手こずらせていた。

 建物の壁を走り、屋上から屋上へと飛び移り、四人で悪魔を翻弄すべく縦横無尽に駆け回りながら攻撃を繰り返すが、建物も道路も壊され続け、怪獣が暴れたような痕跡が増え続ける。


「なかなかしぶといな!」

「というか。何で攻撃の威力が弱まらないの!?」

「ペトロのやつ、初めてだから手こずってんじゃねぇの?」

「ユダ。誰かもう一人、サポートで潜った方が……」


 ヨハネは、初心者のペトロにはサポートが必要ではと提案するが、ユダは懸念する。


「いや。二人掛かりでの経験はないし、相互干渉のバランスを考えると、憑依された人にどんな影響が残るかわからない」

「ですが」

「二人掛かりでできればいいんだろうけど、干渉の比率が偏ってしまうかもしれない。悪魔による負の感情の膨張と、私たち使徒の干渉の波長は、たぶん一人ずつがちょうどいい。そのバランスが偏ると、憑依された人に負荷をかけてしまうかもしれない」

「とりあえず。攻撃ぶち込みまくるしかない、ってことだな!」


 ユダの推考を聞き、旧集合住宅(アルトバウ)の出窓に立つヤコブは、光の玉を出現させ闇世への帰標(ベスターフン・ニヒツ)の光線を放つ。


「それにこれは、ペトロくんの初めての救済だ。その意気込みを信じて、私たちは外から全力でサポートしよう!」

「……そうですね。ペトロを信じましょう!」

「ペトロなら大丈夫だよ。きっと!」


 ユダだけでなくヨハネたちも、初めて深層潜入しているペトロを案じている。だが手助けができないなら、信じて待つ選択をするしかない。


「とは言っても、ダルい!」

「ヤコブ……」


 しかし、長期戦を避けたいのも本音だ。


「それじゃあ一発、大きいのぶち込んでおこうか」


 ヤコブの本音は、みんなの本音。リーダーのユダは、また鎌を放とうとする悪魔に手を翳す。


「爆ぜろ! 御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」


 悪魔の内側から光が膨張して包み込み、光は爆発するように激しく弾けた。「ア"%≮Ψ……ッ!」


「拘束! 十字の楔(カイル・クロイツェス)!」


 間髪を入れずヨハネが拘束し、悪魔は動けなくなった。ダメージを受けても足掻くが、腕も張り付けにされているので、これで攻撃もできない。


「これで、少しは大人しくなるだろ」


 拘束を解ける悪魔は、そうそういない。あとは、ペトロが深層から帰還するのを信じて待つことにした。


(ペトロくん。どうか彼女を救って。きみだけが頼りなんだ)


 ユダは、ペトロがやり遂げてくれることを、心の中で手を組み祈った。




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