看過できぬ大穴
小用から戻ると、教室内では既に侃々諤々の議論が持ち上がっていた。
いつの間にか、いくつかのグループに分かれて意見を出し合い、なんとか形になったものを黒板に書き出してゆくというシステムが出来上がっていることに困惑して、どうにか部の面子が比較的多く集まっている班を見つけると、僕はそのなかにさりげなく潜り込んだ。
「やっぱり、お化け屋敷の案を捨てきれません。ちょうど院部さんのような方もいることですし」
「しかし、そうするとお化け役が限定されちまうし、何よりうちの学校でお化け屋敷ってのは、あまり意味のない気がするが」
葵木さんに異を唱えたのは、今日一番の被害者たる晩空君である。「というか、あいつの括りは、お化けでいいのか」
「そうすると、残るは演劇だけど、これはまさか、やりたいなんて言う人はいないでしょうね」
芽河さんの言葉に、同席していた全員が深く頷いた。班員は皆、あの地獄の撮影現場から生還してきた生徒たちであったのである。
ふと顔を上げた仮面君が、目ざとく僕を見つけると、
「やあ、おかえり。何か良い案は思いついたかい」
「いや、全然」正直に白状した。
「音楽会とかも考えてみたんだけど、これはあんまり現実味がないから」
「なんだ、そりゃあ」
怪訝な顔をする晩空君に、僕は半分ため息混じりで説明をはじめる。
「体育館で、楽器の弾ける人たちにバンドを組んでもらって、演奏会をしてもらおうかと思ったんだ。でも、肝心の楽器がないし、あんまり音楽の出来ない人もいるだろうから、まあ良い案じゃあないよ」
「いや、そうでもないかも」
不意に芽河さんが声を上げて、考え込むように口元へ手を持ってゆく。
「詩織は普段から「弾けない楽器はない」なんて言ってるし、それにああいう性格だから、「メインボーカルになって欲しい」みたいな誘い方をすれば、きっと食いつくはずよ」
「いっそのこと、ショーレストラン形式にするのはどうでしょうか。体育館に机とかを置いて、お料理は演奏の出来ない人たちで」
いつの間にか、周りのグループからも視線が集まっていることに気付いて、葵木さんは熟れた鬼灯のように赤くなった。「皆さんが納得していただけたら、ですけれど」
「悪かないけど、そうするとまたメイド服を制服として押し付けられるんじゃあないか?」
「いや、そこはショーの雰囲気に合わないとかなんとか言えば、多分押し切れるぜ」
山都君の反論に仮面君がそう答えると、徐々に周りの空気が明るくなってきた。
こりゃあメイド服から逃れられるかも。料理には自信があって。等と盛り上がる教室の中で、しかし藤蓑君だけが浮かない顔をして、教卓の前に立つと、「待たれよ、諸君」と手を挙げる。
「一つの希望に向かって一致団結するクラスに水を差すのは忍びないが、しかしその催しには、どうしても看過できぬ大穴が、未だにその口を開けている」
「能書きはいいから、さっさと本題に入りなさいよ」
反目する芽河さんをちらと見て、彼はここぞとばかりに声を張り上げる。
「肝心要の楽器と、これはメイド喫茶にも言えたことだが、料理接客のノウハウが圧倒的に足りんのだよ、芽河氏。従って、誠に残念ながら、音楽会の開催は見送らなければならないかと」
「ありますっ」
教室の後ろ側で同じく声を張り上げたのは、叙奏さんである。興奮のためか、ほんのり顔が上気している。
期待の眼差しを一身に受けていることにも気付かない様子で、彼女はぎゅっと服の裾を握った。
「私のうちに、楽器も、料理のノウハウも持ってるひとがいるんですっ」




