男なんぞいらん
平謝りする僕を制すると、晩空君は深いため息をついた。
「とにかく、喫茶に代わる案を考えなきゃあな」
緋色院さんが「メイド服について二、三確かめたいことがある」と、珍しく一人で先に帰ったその放課後、申し合わせたかのように全員が晩空君の机に集合したことに、僕は驚くと同時に感謝した。
我々が転校してくる以前の四月から、緋色院さんはその笑顔から発する威圧でもって、体育祭などの行事における人事や、時にはイベントの全てを勝手に仕切り、圧政を敷いていたのだという。
「だが今ここに、彼女の悪魔の如き笑みに対抗する救世主が現れた。今ぞ革命の時、緋色院氏による恐怖の絶対王政を覆し、真に平等な民主主義的クラスとして生まれ変わらんことを志す同士は、主人に続けい!」
演説を終え、踏み台にしていた椅子から降りた藤蓑くんを、芽河さんが不機嫌そうに見つめる。
「あんたたちは、詩織に協力するものだと思っていたわ」
「メイド服とか、あなたたちの大好物ですしねえ」
宮下さんがそう言って鎌に手をかけると、長野君は肩をすくめてみせた。
「別にぼかぁ女子のメイド服着用には反対せんよ、むしろ万々歳だと思っているし、だから僕と藤蓑君で、緋色院さんにお礼を言おうとしたんだから」
HRが終わった直後、騒然とする教室を尻目に水道へ向かった彼女に、二人が「ええ趣味をしとりますのお」と揉み手して近寄ると、彼女は笑顔を崩さず、
「ありがとう。あなたたちにも似合うメイド服が、見つかると良いのだけど」
つまるところ、彼女言うメイドに、男女の区別はなかったのである。硬直する二人に追い討ちをかけるかの如く、彼女は言葉を続ける。
「でも大丈夫、最近はそういう趣味に世間も大分寛容だから、男性用のメイド服だってきっとあるわ」
執事では駄目なのかと食い下がる長野君に、緋色院さんはあの笑顔でこう言い放った。
「だって、そっちの方が面白いじゃあない」
「僕らは主人君の味方だ!」力強くそう頷く長野君の横で、鬱々と不満をつぶやくのは藤蓑君である。
「分かっていないのだよ、彼女は、我々がメイドに何を求めているのかを……男なんぞいらんのだ」
皆の顔を不思議そうに眺めていた弓角君が、ここで口を挟んだ。
「でも、いくらなんでも、ふりふりのメイド服なんて横暴だよ、思い切って「出来ない」って言ってみれば」
途端、いくつもの視線が突き刺さり、彼は身をすくめた。
「嫌だからと逃げられるものではないのだよ、あの緋色院詩織からは」
陰鬱な表情で、安藤さんが誰ともなく頷く。
「嫌って理由で良いのなら、安藤だって鼻に詰めたビー玉を発射するなんていう、恥ずかしいことはしなかった」
「確かに、私の頭は何度割ったって元に戻るけど、何もずっとマチ針でつつかなくたっていいじゃない」
「あの御仁が戯れに我が栄えある触角をちょうちょ結びにしたおかげで、三七、二十一日間もギプスを付けていたのでございますよ、我は」
次々に飛び出す彼女の残虐性を語るエピソードに、早くも身震いが出て、彼女に楯突いたことを、僕は既に後悔し始めていた。
不満の熱が一段と高まったところで、やにわに口兄さんが「とにかく」と場を制すると、その華奢な指を僕に突きつける。
「あなたのアイディアが、暴君緋色院に一矢報いるチャンスなのよ」
そう言われると、肩に背負った期待がいよいよ重く感ぜられて、僕は殆ど息も絶え絶えに「分かった」と声を絞り出した。




